メモリーリセット②




新しい母も頭を下げ、優しく笑った。


「改めて、私の名前は初江(ハツエ)。 こちらこそよろしくね、直正くん」

「はい」

「もう手続きは終えたから行きましょう」


そう言って手を差し出してきた。 その手に左手を重ね外へと一歩踏み出す。


「直正お兄ちゃん!」


聞こえた声に反応し振り返ると施設の子が皆玄関へと見送りに来ていた。


―――・・・みんな、どうか元気で。


直正は心配かけないよう笑って彼らに手を振った。 子供たちのこと、孤児院、先生たち、それらを目に焼き付けると初江の車へ向かった。

年季は入っているが赤いスポーツカーで何となくテンションが上がる。 今まで車に乗ることなんてほとんどなかった。


「もうお別れはいいの?」

「はい。 これ以上ここにいたら、それこそ別れが寂しくなってしまいそうなので」

「確かにそうね。 またここへ来たらいいと思うわ」

「そうします」


初江は頷いて発車させた。 車の中は初江の匂いが漂っている。 少しばかり化粧の匂いが強いが、そう悪いものではない。


―――いつか僕にもこの匂いが染み付くんだろうな。


しばらく車を走らせ、コンビニ横の信号に止まった時初江は尋ねかけてきた。


「そう言えば、直正くんが孤児院に入った経緯を教えてもらっていなかったわね」


意図的に教えていなかったわけではなく、ただ教えることができなかった。


「あー、よくは憶えていないんですけど・・・」

「ごめんね。 無理に話さなくてもいいのよ?」


チラチラと直正の様子を窺う初江。 その言葉に考えた後こう返した。


「いえ。 これから一緒に暮らすのに隠し事はしたくないので」

「・・・そう?」


そう言うと初江は嬉しそうに笑った。 それを見て直正は窓の外を眺める。


「・・・といっても、僕が憶えていることはほとんどありません。 よくあることらしいんですが、孤児院の託児ボックスに預けられていたそうです」

「そうなの・・・」

「いや、捨てられていたと言った方が正しいですかね」


直正は捨て子である。 それは自分でも分かっていた。


―――だけどただ一つ奇妙なのが、親の顔も名前も何もかも思い出せないことだ。

―――孤児院にいる間に何度も思い出そうとした。

―――・・・それでも駄目だった。


不思議なことに喉元まで出かかるようなことすらなかった。 どんなに記憶を遡ろうとしても、全く心当たりすら思い出せないのだ。


「自分の子供を捨てるなんて本当に最低な親ね」


運転しながら初江は不満を漏らしている。


―――・・・今のお母さんはそう言ってくれるけど、僕は何も感情を抱いていない。

―――小さい頃の記憶なんて空っぽのように抜けているから、親を恨む原因となるものがない。


もしかしたら虐待を受けていて記憶を閉ざしてしまった可能性もあるが、虐待を受けていた形跡はなかったことを先生たちから聞いた。 それを聞き初江は首を捻る。


「でも憶えていないっていうのに引っかかるのよねー。 孤児院に着いた時はもう物心がついているくらいの年齢なんでしょ?」

「はい・・・」


物心がつく年齢に定義はないし個人差はある。 しかし、それを加味しても直正が孤児院に来た時は歳を取っていた。


―――だけど本当に何もかも思い出せないんだ。


そこで直正はふと思ったことを尋ねてみた。


「そう言えば、お母さんはどうして僕をもらってくれたんですか?」

「・・・聞きたい?」

「お母さんがよければ聞きたいです」


興味本位で聞いてみただけだった。 深い意味はなく家に着くまでの話題提供。 それに選ぶには少々重い話題だが、直正にはあまりよく分からない。 初江は車を止めると真剣な表情で直正に向き直った。


―――わざわざ車を止めて話すことなのかな・・・?


そう思いながらも初江の次の言葉を待った。 だがそれは予想外のものだった。


「直正くんの真実を知るためだよ」

「? 真実・・・?」


―――お母さんは僕のことを知っているの?


疑問を抱いていると初江は強く頷いてこう言った。


「直正くんの記憶は、人工的に消されたって言ったら信じる?」



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