第3話 依頼人の妹(故人の長女)の場合

 依頼人の腹違い(母は故人の二番目の妻)の妹である、故人の長女は言った。

 貴方が兄さんの雇った噂の探偵さん? なんだか、頼り甲斐がありそうには見えないわね。

 で、ホントにイタリア人なの?


 食事が終わってソファーに移る時、故人が生きており長男と長女も同居していた頃の自然な席順に座ろうとして、依頼人は依頼人の妹に窘められた。

 今の主は義母さんなんだから、上座にお義母さんが座って、兄さんの席だった所は今は義弟の席だと。

 それもそうだ、と依頼人は下座へ移動する。

 来客用のポジションを勧められて、カチャトーリは座る。その両側を依頼人夫妻と二人の子ども、妹夫妻と赤ん坊が挟む。

 妹の夫が赤ん坊を抱いてみてよと差し出すが、子どもの扱いは苦手でね、とカチャトーリは謝絶した。


 故人の邸宅は、外見は古い洋館を模しては居るが、内装は近代的な実用性の高い家だった。


 それにしてもデカい、とカチャトーリは思う。

 広いリビング/ダイニングには、親族が集まっても食事ができる十二席のダイニングテーブルと同じく、十二人掛けのソファーが並んでいる。ちょっとした映画のセットのようだとも思う。


 ま、兄さんは本当は頭がいいから、お父さんのこんな謎かけなんて一人で解けるんだろうけど、専門家に任せるってのが徹底してるもんね。

 兄さんが、我が一族に遺産相続の揉め事は無いって言ったの?

 まぁそうなんだけど、つまんないよね。こんだけ複雑な人間関係で、結構な遺産があって全然揉めないとか。

 ホントに死んだ父さんは、仕事と財産管理だけは、合理主義だったから、弁護士の叔父さんと会計士の叔母さん、実の弟と妹に、私達の性格・嗜好まで踏まえたところで、考えて作らせた遺言だから、漏れが無いんだよね。

 周囲は私達をそういう目で見ないから、欲得剥き出しで意地汚く争うもんだという目で見られるし。

 それって、見ている側の内心がそのまま出てるだけだと思うから、言ってて恥ずかしくないのかとも思うわよ。

 まぁ、リクエストに応えて、少し揉めてるフリくらいはしてやってもいいけど。

 所詮はやっかみだから、お金のせいで不幸になればいいっていう目で私達を見るなら、その通りに家族が遺産で揉めて不幸になりましたってフリすれば、溜飲は下がるんでしょ。

 そんなことで溜飲下げてるあんた達って何、って感じだけどね。


 そうね、親身なフリをして他人の不幸を期待してる、人の皮を被ったナニカが人間社会の中にいるって知ったのは、幼稚園の頃だったかな。

 なかよしの子のお母さんが、私と母さんと兄さんが仲良くしてるのを見て、陰で「ママハハなのに」とか「ナサヌ仲」とか言ってるのを聞いて、嫌な感じがして、言葉の意味を兄さんに聞いたのを覚えてる。

 その時初めて、兄さんと私はお母さんが違うとか、その頃の私と同じ歳の頃には実の母さんは居なくなっていて、今のお母さんが来てくれて本当に嬉しかったとか、お前が妹なのは変わらないとか、お母さんが悲しむからそんなことを言われたってお母さんに言っちゃいけないとか、ゆっくり私にわかるように教えてくれた。


 だから、私も家族が一番大事で、外野が何を言おうと知ったこっちゃないと思ってるし、むしろそんな連中が外から私達を指さして陰で笑ってるなら、そこらへんまで含めて、他人の不幸にしか喜びを見いだせない心の貧しさを、憐れんでやってるつもりよ。

 実の母さんが病気で死んじゃった時は、ホントに悲しくて寂しかったけど、兄さんが居てくれたし、今のお義母さんが弟を連れて来てくれることになった時、これもホントに嬉しかったのよ。兄さんがよく話のネタにするから、聞いてるかもしれないけど、マジで口から勝手に「待望のママハハ来た!」って出ちゃったんだ。

 幼稚園の頃に私の母さんと出会った兄さんと違って、私はもう小六だったし、弟は連れ子で小二だったけど、兄さんが継母だった母さんとあれだけ仲良くしてて、私も妹として可愛がってもらったから、兄さんに出来て私に出来ないはずがない! っていう訳の分からない自信に満ち溢れてて、継母チャレンジの機会をホントに待ってたのよ。

 新しいお義母さんと絶対仲良くなって、弟も全力で可愛がるって決めてたから。


 えっと、何の話してたんだっけ? あ、遺産相続の話?


 だから、今回のは遺産相続じゃなくて、あくまでオマケ的なゲーム。

 謎解きゲームの謎を解いたら、父さんの財産目録に載ってない宝物が手に入るの。


 父さんはビジネスでも資産管理運用でも、徹底した合理主義者だったけど、逆にそれ以外の部分は、まぁ無茶苦茶な人だったから。

 超恋愛体質だったから、三回ともかなり強烈な恋愛結婚してるし、息子娘を政略結婚させようとか欠片も思ってないばかりか、「俺の子だから、俺が驚くような相手を連れて来て、いきなり結婚するとか言うに決まってる」と決めつけてたし、二言目には「反対はしないから、必ず結婚前に俺に見せろ」と、彼氏を紹介するのを強要してた。


 兄さんは高校生の頃から付き合ってる今のお嫁さんと、意外性ゼロで結婚したから、父さんは逆に驚いてたし、自分の子会社に勤めてる若手のインテリア・デザイナーと私が付き合いだした時も、学生結婚すると言った時も、休学してこの子を産むと宣言した時も、ニヤニヤして面白がってたなぁ。


 恋愛だけじゃなくて、趣味も色んなモノに手を出す人で、道楽と名の付くモノには多岐に渡って手を出してたし、そこそこのレベルにはすぐになってしまって、趣味の界隈で名前を知られるようになることは、しょっちゅうあったよ。


 でも、お金持ちで趣味の世界に入りたてだと知ると、騙して毟ってやれという輩がどの世界にも居て、まぁ二代目三代目のアホのボンボンならともかく、ビジネスでは一分の隙も無い父さんが、その匂いを嗅ぎ分けられないはずもないし。

 そんなペテン師なんかより上手を行ってたから、大抵は返り討ちにしちゃってたけど。

 そんなこんなで、水を差されて熱が冷めると、次の趣味に行っちゃうから。


 私の予想はね、多分ここと別館にある父さんの大量にある趣味のアレコレの中に、素人じゃわからないようなお宝が混ざってるんじゃないかと思うのよ。


 その界隈の人でなければ値打ちを見抜けないようなもの。まぁ、アレコレ玉石混淆の状態で全部処分しても、量が量だし、基本的に良いものしか買ってないから、相当な値段だとは思うけど、こんなゲームをさせてまで探させようってことは、きっと税務署に言っても、素直に信じないくらいの金額じゃないかと思うのよ。

 探偵さんもそう思うでしょ。

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薔薇の樹、と彼は言った 大黒天半太 @count_otacken

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