第2話 依頼人(故人の長男)の場合

 依頼人は言った。

 父の死は、結構長い期間の闘病と復帰を繰り返した後の病死で、怪しい所は無いし、遺言は叔父の弁護士事務所の管理で、厳密に法定相続分通りでは無いものの、遺族に争いや不満は無い、と。


 法定相続分通りでないのは、ずっと父親の会社で後継者として学び働いて来た自分に、父の持ち株のほとんどが割当てられているので額面上が大きくなったためで、その代わりに不動産などは全く無く、現金も相続税を払える程度しかない。


 義母ははには、父名義の不動産と現金のほとんどが遺されてる。


 妹には、妹と妹の夫が役員をしている子会社の株式と現金が少し。


 義弟おとうとは、義母の連れ子で、父と養子縁組していないので、遺産相続分は無いが、父の生前に大学進学費用と将来のためにと義弟あてに多めの教育資金信託を組んであったので、義弟も義母も当面の心配事は無いはずだ。


 相続の内容も事前に相談されていたので、全員中身は知っていて、遺留分まで食い込むような差もついてない。意見調整済みだったんだから、揉めようが無い。


 妹が、父くらいの資産家で、子ども達が全員腹違いで、お義母さんもいるんだから、もっとドラマみたいな遺産争いとかあってもおかしくないんじゃないか、とか面白がって言っていたが。


 じゃあ、何か父の決定に不満なり争いの火種なりあるのかと尋ねると、自分が争いの中心になるのは面倒くさいとばかりに、父が生きてる間に義弟を養子縁組させて遺産配分を複雑にしようとか、お義母さんと義弟で父さんの会社に経営参加して兄さんの株式の取り分減らそう、とか言い出して義母と義弟を苦笑させて終わった。


 妹は、父が資産家だったので、亡くなった時は親族が遺産相続で揉めて大変だったとか友人に言って、気の毒がられたり、羨ましがられたりしたいだけなんだ。


 そう言えば、私の結婚の時も、妹が学生結婚すると言い出した時も、家族から反対の声は出なかったから、「盛り上がらないから、嘘でもいいから誰か反対して」って言ってたなぁ。

 そんな盛り上がりは、誰も期待してないから、何も言わなかったけど。


 あぁ、妹は父の再婚相手、二番目の母との間に生まれたから腹違いなんだよ。私は当時六歳だったから、居なくなった実母より二番目の母に懐いていたし、初めて増えた血の繋がった家族が、この妹で本当に色々な意味で楽しかったよ。

 何しろ小さい頃から、妹は発想が普通じゃな かったからね。


 二番目の母が病気で亡くなって、今の三番目の母も事前に紹介されて何度も会ったし、再々婚の相談も父からされてたわけだけど、実際に再々婚して家に来た時の妹の第一声は「待望の継母が来た!」だったからね。お前、小六でどれだけ日常生活にドラマチックな刺激が欲しいんだよ、と。


 まぁ今の母も、前夫を亡くして義弟抱えて苦労してたいい人だったから、すぐに笑い話になったわけだけど。今思うと、今の母に甘えていいのかどうか、探ってたのかなとは思うよ。

 義弟については、初の家庭内順位で自分より下位の存在だったから、妹は最初から全力でかまってたね。かまわれ過ぎてパニック状態の義弟を、妹から助けるのはいつも私の仕事だったから、私にもすぐ懐いてくれたよ。


 義弟は、義弟の亡くなった実父も義母同様に、天涯孤独の身の上だったらしくて、名前は変えたくない、実父の家族で居続けたいと、頑として養子縁組は断ったんだ。

 八歳になるかならないかの、子どもの覚悟とは、とても思えないだろ?


 父も私も、その言葉に痺れたし、気に入ったよ。男の子だなぁ、って。


 今はもう高校生だけどね。


 父には可愛がってもらったけど、やっぱり名前は変えたくないって言うんだから、しょうがないよ。


 血の繋がりはともかく、家族としての繋がりは思いの外しっかりしてるのが、我が一族なんでね。

 今回のアレさえ無ければ、ゴチャゴチャする要素は全く無いんだが。


 とりあえず、任せるよ探偵さん。現物も見せるから、今夜十九時に来てもらえると助かる。

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