薔薇の樹、と彼は言った

大黒天半太

第1話 カチャトーリの場合

 カチャトーリ・ディオグランデオスコーリタは言った。探偵は探るのが仕事で、探られることは料金に含まれていない、と。


 イタリア系ハーフだと言うが、外見にも言葉遣いにも、それらしく見える要素は全くない。


 料金に含まれていないってことは、別料金を払えば、彼自身の謎解きをしてくれるのかも知れないが、現状でそれはどうでもいいことである。

 いや、この探偵を雇うかどうか、信用に値するかどうかの判断基準として、むしろ料金上乗せしても聞いておくべきなのか。そう思うと、小さな迷いがいくつも発生する。


 依頼人にとっては、依頼料も追加料金も大した問題では無い。

 金銭で折り合いがつくものなら、積極的にそうすべきで、時間や労力を無駄遣いすることの方がもったいないと子どもの頃から父親に言われて来たし、依頼人自身もそうして来た。

 不得意分野に拘泥せず、解決できるプロを適正な価格で雇用して、速やかな解決を図る。結局、それが一番早くて、一番安くつく。

 一流か、超一流のプロを雇って問題解決するには、その本物のプロフェッショナルを見抜く力と、報酬をきちんと支払える経済力が要る。


 信頼する友人が紹介してくれた探偵ではあるが、彼がこの探偵を紹介した時の半笑いの表情が、脳裏に浮かぶ。


 困っている自分に、悪質な冗句を返すような友人ではないことは、わかっているのだが。

 しかし、競合相手ライバルやその助言者達コンサルタントに匹敵する仕事ぶりを、この探偵に期待してもいいものか?


 ビジネスの世界で、自らの眼力を鍛え、父親の期待に応え、後継者と指名された今の依頼人にも、一抹の不安がよぎる。

 何せ、料金が、浮気調査をするような市井の探偵と同列だ。

 一日の料金と必要経費、プラス成功報酬。どれも法外な値段とは言えない。


 カチャトーリはさらに言った。俺が他の探偵と違うのは、その後だ。面白い事件だったら、個人情報には配慮するが、小説に書かせてもらう。それに同意することが、依頼を引き受ける条件だ、と。


 なるほど、探偵業も案件も解決も、最終的に自分のためで、依頼人も依頼料も眼中に無いからこその、この料金設定か、と依頼人は独り納得した。

 友人の顔が、脳裏に浮かぶ。効率重視で、自分の守備範囲以外に興味の無いドライさ、お前に似てるだろう? あの顔は、そう言いたかったのか。


 彼に賭けてみよう。依頼人は差し出されたカチャトーリの手を取った。握手で契約を交わす。

 少なくとも、この不本意なゲームの結末が面白いものなることは、期待できるかも知れない、と依頼人は思った。




 


 

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