第二話 カウント1

立ち並ぶ都会のビルの合間に、似つかわしくない商店街がある。

今時には珍しい雨よけの屋根の付いたモール街。

そこに30人ほどのデモ隊が、プラカードや横断幕、拡声器を持ち練り歩いている。

道行くデモ隊を後方から、刺青だらけの大柄な男が数人の護衛に囲まれ見ていた。

名は体を表すという言葉があるが、この男の場合体が名を表すという言葉が合うかもしれない。

男は皆から、カウントと呼ばれている。

カウントは誰に言うでも無く呟いた。


「くだらねえ」


護衛が驚きもせず、カウントの顔を見た。

中には怪訝そうなものもいる。

カウントは、そんな護衛の反応は気にも留めない。

口から出たこの言葉は、カウントにとって日常的なもので特段特別な意味は無い。

ただの本心でしかなかった。

デモ隊を他所に、カウントはモール街から外れ、脇道へと入っていく。

後方に取り残された護衛が、何か言っているのが聞こえたがカウントは振り返らずに歩いた。


脇道に入ると、そこには昔ながらの空き地があり、通り沿いの壁には張り紙が無数に貼られている。

そこには『人類教』と書かれていた。

真創歴2年、混乱さめやらぬ世の中に現れた新興宗教だ。

アビリティ保持者達を人類の亜種として、純粋な人類は能力無発現者(フラット)であると主張する者達の組織する迫害思想を持つ団体。

ただ蓋を開ければ皮肉にも、教団トップにはアビリティ保持者がいる。

トップだけでなく、幹部は全て能力者だった。

かくいう、このカウントも教団幹部、ひいては教団ナンバー2の位置にいる。


張り紙を一枚剥がし手に取ると、カウントはまた呟いた。


「くだらねえ」


商店街に響くデモ隊の呼びかけが聞こえる。

人類の半数近くがフラットなのだから、仕方が無いといえば仕方が無いのかもしれない。

でも能力者も確かに人類であり、また願って能力を手に入れた訳ではない。

それが痛いほどカウントには分かっている。

カウントは大柄の身体の至る所に、世界各国の文字で数字の刺青が施されている。

特に趣味でそうした訳ではない、出来る限りあるものを見ない為にそうしたものだった。

あるものとは?

カウントの左胸には、数字が刻まれている。

正確には浮かび上がって来た数字というのが正しい。


真創歴元年、地球が25時間になった際に浮かび上がった。

【4382】という数字が、左胸に現れた。

それが何の意味を持つのか初めは全く分からなかったが、ほどなくして、カウントは自分に発現した能力だと知る。

本来数字が身体に浮かび上がれば異常な出来事だが、当時も今も異常な事だらけで特段驚く必要がなかった。

また、ただの数字なら能力の発現とは思わなかったかもしれない。

完全に能力の発現と気がついたのは、数字が浮かび上がった翌日だった。

翌日、目が覚めたカウントは異変に気がついた。

視界に映る無数の数字の数々に。

初めは混乱したが、半日もすると慣れた。そして冷静に見る事も出来た。

視界に現れた数字は、残り時間だと理解した。

数字にはいくつか種類があり、日数、時間数、分数、秒数とあり下一桁の減る時間で判断が出来た。

また、この数字は無機物にのみ見えるもので、生き物には数字は現れなかった。

ある例外を除いては。


能力発現から1週間が過ぎた頃だった、ふと胸の数字に目をやると、数字が減っている事に気がついた。


【4375】


数字は、確かに減っていた。

まもなくカウントはその数字が日数であると認識するようになる。

その数字が無くなる時、自分はどうなるのか?それは今もカウントには分かっていない。

それでもある程度の想像はついていた、これはアビリティの種類で言えばネガティブに該当する、つまりあまり良いことが起きるものではないと。

ひいてはそれが自分の残りの時間なのだろうと。

以来、あの手この手を試したが、数字は遅くも早くもならず、ただ一日一日を刻んだ。


くだらない。


カウントは心底そう思っている。

悩もうと迷おうと状況は変わらない、なら考えるだけ無駄だと。

また深く考える事をやめたのは元々の性格もあるが、そうせざるを得ない理由があった。

カウントに発現した能力は一つではなかった。


肉体活性。


カウントは、ポジティブアビリティも発現していた。

そのせいもあってか、カウントは能力を使い他者に影響を与えずとも、肉体に変化が現れる事は無かった、数字が減っていく事以外は。


手に取った張り紙を放ると、カウントの視界には一人の男が目に入った。

男は黒いパーカーのフードをすっぽり被り顔が見えない。

身につけているものは、新しくも古くもなく、まだ寿命は迎えないようだった。

カウントは自覚はなくとも、目に見えるものの残り時間を見てしまう癖がついている。

でもこの癖に関しては、カウントは割と気に入っていた。


黒いフードの男がカウントの脇を抜けていく。

すれ違う瞬間、突然刺すような視線を感じた。

カウントは身構えこそしなかったが、すぐに振り返った。

黒いフードの男は振り返らず、脇道を抜けていった。

カウントは殺気にも似た感覚だったと認識している。

同時に、恐らくはアビリティの保持者で、それも良くない方の能力者だと。

ネガティブアビリティを保有するものなら、カウントも少なからず身の回りにいる。

珍しくもないが、なぜかすれ違ったあの男は気にかかった。

振り返ると、男は既にいなくなっていた。

次の瞬間、胸元に何かが当たった。

攻撃された?とはカウントは思わない。

振り向き胸元を見ると一人の青年が立っていた。

驚いた様子で、状況を把握していないようだった。

年季の入ったスーツに身を包み手には、先ほどカウントが放った張り紙を持っている。

張り紙を見ながら歩いていたのだろう、そのままカウントとぶつかってしまったのだ。


青年は慌てた様子だったが、カウントを物ではなく人間と認識した様だった。

青年は謝罪とともに、頭を下げた。


「すみません!」


よく通る声は誠実さが伺える。

細身ではあるが閉まった体格、背は高すぎず日本人らしい長身。

カウントに比べれば小さかったが、一般的には大きい方に入るのだろう。

気持ちのいい好青年だった。


「悪いな、見えてなかった」


少々不躾な謝罪ではあったが、青年は意に介さないようだった。

青年は言う。


「いや、僕もながらで歩いていたので……」


青年はカウントの大柄な体格を見上げ青年は目を丸くして言った。


「でかい」


カウントに取っては、いつもの出来事で珍しくもない、反対に言えば嫌気もさすくらいの場合もあるが、青年の反応は無垢で気持ちがよかった。


「無駄に身体だけでかくてな、悪かった」


カウントは素直に謝罪し、青年は受け入れてくれた。

今時珍しい人物だ、とカウントは思った。


名や体と同様に口にする言葉や態度もその人物を表す。

青年は恐らく父か祖父から譲り受けた年季の入ったスーツを着ている。

このスーツは直しを入れているのだろう。

カウントの視界に表示された数字は【436+3566】とあった。

無機物の寿命には+が付いている事がある、それは壊れかけたものを直したものや、壊れたものを直して使っている時に現れる。

大切なものを大切に扱っている、それがカウントの能力で見る事が出来る。

たとえ能力で見る事が出来なくても、この青年には好感を持っていただろうとカウントは思った。

その人物の本質を表すものは、この世の中には無数にある。

見えたものが良いものばかりという訳にはいかないが。


またカウントはこの青年が能力者であると直感で感じていた。

それは立ち居振る舞いの中の身の置き方に寄るものだった。

しかしカウントは、もはやこの世界での能力の有無などはその人物を判断する上での判断基準にはならないと思っている。

じっと見つめるカウントに、青年は何か言おうと口を開きかけた、その時だった。

商店街のモールの方から、拡声器を通したデモ隊の声が聞こえる。


「人類教は、純粋なる人類を守る、唯一の手段です、手を取り合いましょう、平和な世の為に、人類の変種である能力者を……」


くだらない。


そう思うカウントだったが、正面に立つ青年はそう割り切れる様子ではなかった。

カウントは見ず知らずの青年に不意に言った。


「迫害主義者の集まりだ、アホくせえ」


青年は驚くと思ったが、カウントが想像していたものとは遥かに違う反応を示した。

青年は、落ち着いた様子で言った。


「フラット……能力無発現者の集まりですよね?」


フラット。


その言葉を使った時点で、能力者と確信した。

ジャスティス・バニッシュ・フラット、これは敵対するそれぞれが互いを呼び合うか、完全な第三者としての比較で使う事があるだけで、一般の人間は口にしない。

間違いなく能力者であり、身なりを見ればそれがどちらであるかは明白だった。


カウントはあけすけに言った。


「ああ……能力者だろ、あんた?」


「え?」


投げかけられた言葉に、青年はあっけに取られているようだった。

カウントは続けた。


「スーツだいぶ年代物だな?」


青年は更に驚いた様子だったが、カウントを不思議そうに見ながら答えてくれた。


「祖父のお下がりで、直してもらったんですけど、古く見えますかね?」


青年は身を包んだスーツを見て言った。

カウントは、その正直な反応に頬を緩ませた。


「いや、まだ長く着れる、大事にしな」

   

カウントはそう言って青年を残し歩き出した。


これ以上は話すべきではない。

カウントはそう思っている。

同じ能力者、敵の可能性もあれば味方になる可能性もある、ただそれはあくまで可能性の話だ。

今は敵にも味方にもなる必要は無い。


「ありがとうございます」

 

青年の声が、背中に届いたがカウントは振り返らずに歩いた。

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