2-17 条件

「……やっぱり、伝えるべきではないのね」

「違う! 違うんだよ、蕪木」


 項垂れる蕪木の言葉を自分は否定するのだけれど、言葉が続かなかった。

 揺れる瞳を抑えるために蕪木を支える腕に力を入れようとするのだけれど、動揺が上手く力を伝わらせなかった。


 くそっ。どうしてこんな事になったんだよ。

 これまで仕事をしてきた中で、蝶が羽化しなかったことはなかった。全ての蝶がその透明な羽を緋色に染めて、想いを、言葉を過去へと届けてくれたっていうのに。どうして蕪木の時に限ってこんなことが起こるんだよ。


 「……まさか」


 本当に蕪木の想いは届けるべきじゃないのか?


「……馬鹿野郎っ」


 下唇を奥歯で噛み、弱音を吐こうと自分を責める。

 自分が折れそうになってどうする。自分まで諦めてしまったら、蕪木はもう二度と部長に言葉を届けられなくなる。部長は唯一無二の親友の言葉をもう二度と受け取れなくなる。

 それを防ぐために自分は今ここに居るんだ。

 だから、考えろ。想像しろ。理由を、原因を出し得る限り全て頭の中に浮かべるんだ。


 祝詞は間違っていなかったし、今が黄昏時だと言うことは間違いないだろう。それなら他に何か理由が。

 と頭の中で考えている時、少しくすんだ白色の地面の上で艶やかに輝いていた繭が、輝きを失っていることに気づいた。


「っ! まさか」


 自分は蕪木の顔から、茜色に染まる空へと視線を向ける。

 今日の空は土居原先生が過去へ想いを届けた時よりも雲が多く、夕日を遮っていた。


「そういうことかよ!」


 蕪木を支える手に力が入る。

 うかつだった。少し考えれば分かることだったのに。


 夕日の光が足りていなかった。つまり、条件が整っていなかったんだ。


 手紙を、想いを過去へ飛ばす条件は夕日が見えていること。原理は分からないが、条件が整っていないんじゃ、飛ぶはずがない。だから、あの神様はわざわざ雲が天照様がお疲れだなんて発言をしたんだろう。


 ……だけど、そうなのだとしたら引っかかることがある。

 神様はスタンプを押した。つまり、過去へと手紙を届ける準備をしたということ。

 人の心を察することができないほど合理的で完璧主義な神様が、わざわざ飛ばせない手紙を用意するはずがないのだ。

 つまり、方法や場所さえ変えれば飛ばすことは可能なんじゃないのか?

 方法や場所。


「っ! 行くぞ、蕪木!」

「……行くって、どこに?」

「良いからおれの言うこと聞け!」


 無理矢理蕪木を起こすと左手を取って、そのまま駐輪場へと向かう。

 下足に履き替えることもせず、校舎を飛び出した自分たち。下校中の他の生徒たちの注目の的だったが、その視線を振り切り自分は自転車の荷台に蕪木を座らせ、サドルにまたがった。


「時間ねえから飛ばすぞ。だから、しっかり掴んどけ」

「…………」


 蕪木は何も言わない。しかし、しっかりと自分の腰に腕を回すと脇腹に痛みが走るほど力を込める。

 その痛みを確認すると、自分は足に力を込めて自転車を走らせた。

 二人乗りをしている自転車が勢いよく学校の敷地外へ飛び出す姿を見て、静止させようとする生徒指導の先生の怒鳴り声が背中に届く。だけど、風の神様が守ってくれているのか自転車を漕ぐ自分の耳には風が寄り添っていて、今はどんな声も耳には入らなかった。


※ この物語はフィクションであり、現実の人物・団体と関りはありません。

  また、道路交通法および法令違反を推奨するものではありません。

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