2-15 違和感

 図書室を出てから約三十分後、自分は蕪木の想いが書かれた神紙を受け取ると科学準備室まで駆けた。

 生徒指導の先生とすれ違えば雷も落ちかねない行為だが、幸い出会わなかった自分は最小の時間で準備室までたどり着くと、乱暴に扉を開けた。

 扉は悲鳴をあげるように大きな音をたて止まるのだけれど、椅子に腰かけている神様は少しの驚きも見せずこちらを見てにやにやと笑っている。


「良い顔をしているね。覚悟が決まったかな?」

「はあ、はあ、はあ……そんなとこです」

「そっかそっか。それは良いことだねえ」


 自分は息を切らし膝に手をやって答えた。

 そんな自分から差し出された神紙を神様は受け取ると、立ち上がって実験台の方へ向かう。アルコールランプの上からビーカーをどかしろうに火を点けると、神紙を封筒に入れ溶け出した蝋を垂らす。

 いつも通りの作業。まるでプロスポーツ選手のルーティーンのように正確に行われる動作に、自分は何の問題もないと思っていたのだけれど、神様は何故か蝋にスタンプを押そうとしなかった。


「? 何か問題があったんですか?」

「いや、問題はないよ。むしろ、ようやく蕪木くんが想いを書いてくれたんだねえ。と感慨深くなったくらいさ」


 と嘘か真か分からない台詞を言ってようやくスタンプを押した神様は、自分に手紙となった神紙を差し出す。


「ただ、残念やね。今日は少し雲が多いみたい。天照あまてらす様もお疲れかも」

「? どういう意味ですか?」

「……言わないと分からないかな?」

「なっ!」


 真面目に尋ねた自分を馬鹿にするように神様は顔を傾け笑う。

 一気に血が頭に昇った自分は神様の手から手紙を奪い取ると、挨拶もせずに神様へ背を向けた。

 

「……君たちの未来に幸あらんことを」


 温かさを持たない神様の言葉を背に、自分は科学準備室を後にした。

 ただ、この時もう少し自分は神様の言葉を注意深く聞いていたならば、蕪木の心を揺さぶってしまうこともなかったのだろうか。

 そんなことを想像する余地も残していなかった自分は、蕪木の待つ渡り廊下へと向かったのだった。

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