2-14 ひねくれ者にしか見えない答え
放課後、蕪木はいつも通り図書室で勉強に励んでいた。
いや、自らにいつも通りだと見せているのだろう。そうしなければ、後悔に心が押しつぶされかねないからだ。
自分はそんな蕪木の後ろに立ちどんな言葉で話しかければ良いか悩んでいると、じれったくなったのか蕪木の方から言葉が届く。
「後ろで突っ立って居られても意識がそがれるばかりだからやめてほしいのだけれど」
「悪かったな……隣、座って良いか?」
「ダメと言ってもあなたはどうせ何かと理由をつけて座るのでしょう」
「まあ、そうなるな」
と言って断ることもなく自分は前と同じように蕪木の左隣に座る。
蕪木の顔は見ない。いや、見られない。見てしまえば、きっと自分は今から口にすることを話せなくなるだろうから。
自分は蕪木に視線を送らず、
「隠し事したくないから言わせてもらうが、部長にお前とのことを話した」
「……そう」
蕪木は文字を書く手を止めない。
止まらないまま唇が動く。
「黙っていたこと、謝るべきかしら。大ちゃんに謝ろうとしたこと」
「……いや。むしろ、動いたお前が凄いとすら思うよ」
紛れもない、素直な気持ちだった。
だけど、言い訳のように言ってしまったからだろうか、蕪木はノートに走らせていたペンを止める。
「わたしは大ちゃんへ、想いを伝えるべきではないのかしら?」
「っ。それは」
「わたしが伝えたことでもし、大ちゃんが苦しむのならわたしは伝えない。伝えるべきではない。そうでしょう?」
「……蕪木」
蕪木の右手に力が籠る。手に込められた力はシャープペンシルに伝わり、芯が折れノートには真っ黒な点が表れた。その点に蕪木の頬から雫が落ち、黒い波紋がノートに広がった。
何度見た光景だろうか。この仕事をしていて毎回見ないことはない光景だっていうのに、どうしてもこの光景に自分の心は締め付けられ、胸の傷が
「っ……」
疼く胸の傷を
蕪木が言うように想いを伝えられたことで苦しむのなら、伝えるべきではないのだろう。
だけど、蕪木の後悔はどうしたら良い? 蕪木の心に深く根付いた傷は、一生消えないままで良いのか?
いいや、良いわけがない。痛みを抱え続けて良い人間なんているわけがないのだから。
……だけど、
「梅ちゃん」
自分の名を呼んで向日葵のように笑ってくれる部長を、傷つけることは出来ない。
「……くそっ」
どうしたら良いって言うんだよ。
八方塞がりの状況に不器用な自分は答えを見つけ出すことができなくて、苛つきを覚えた。
もし自分が万次郎のように答えを上手く導き出せる人間なら、蕪木も、部長も傷付けない答えが出せるのに。
怒りと痛みの中で忘れていた記憶を思い出す。
『言葉の通りに受け取らないのが、君のひねくれた性格の良いところだろ?』
それは昼休み、同じことで悩んでいた自分に対し万次郎が放った言葉。
あの時は意味が分からずうやむやにしたままだったけれど、極限までに自分自身を追い詰めた結果、その言葉の意味をようやく理解した。
ああ、そうだな万次郎。自分はひねくれている。つむじが曲がっていて言葉を文字通りになんて受け止めやしない。
言葉には裏があるのだと勝手に勘ぐる。
部長の言葉の裏があるって考える。
大領中椿の本心を、自分なら見つけられる!
『梅ちゃん……もう、良いんだよ。想像するだけ疲れるんだから』
「……そうか」
自分は一番大事な部分を勘違いしていた。
部長は想像していないわけじゃないんだ。
部長は想像したから疲れたのだ。蕪木との仲が良好で、友だちのまま居られた未来を、想像し続けて苦しんだ。
つまり部長はずっと、期待期待していたんだ。
「書けよ」
「え?」
「書けよ、蕪木。想いを、言葉を。今なら素直に伝えられる気持ちを書くんだ」
「だけど、また大ちゃんが傷つくようなことがあったら」
「その時はもう一度、謝ったら良いんだよ」
「……簡単に言うのね」
「ひねくれものだからな」
酷い受け答えに呆れたのか、蕪木はそのまま固まってしまう。そんな蕪木に自分は、自分らしくもない素直な気持ちを伝えた。
「もし、部長がまた傷つくようなことがあるならおれも一緒に謝るし、お前が傷つくようなことがあれば、その時は一緒に傷ついてやるさ」
「本多……まるで友だちのような言い草ね」
「いいや、友だち(仮)さ」
意地悪にも訂正をしてみせた自分に、蕪木は少しむっとして自分の横腹をつつく。
なかなかの衝撃にやり返してやろうと自分は手を上げるが、何もせずにその手を下げた。
意地悪のせいか、蕪木の瞳から溢れた涙は止まっていたからだ。
「最悪ね、あなたに励まされるなんて」
「もっと顔が良い奴の方が良かったか?」
残った涙を手で拭きとりながら言う蕪木に、自分はそう問いかけた。
すると、蕪木は十秒ほど考える仕草を見せた後、目線を斜めに落としどこか言いにくそうに髪の毛の先を指で触る。
「本多、わたしはこれでも見た目が好かない人間をお茶に誘ったりはしないのよ」
「? どういうことだ」
「……いえ、何でもないわ。それより準備をするわ。本多、少しだけ時間を頂戴」
「ああ。外で待っているよ」
そう言うと、自分はリュックを椅子に残したまま一度図書室を立ち去る。
手持無沙汰になった自分は、蕪木の言ったよく意味の理解できなかった言葉を頭の中で反芻しながら、ぼんやり廊下を歩いた。
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