2-11 大領中椿
「君はね、想像力が足りないんだよ」
「想像力?」
「そっ。想像力」
そう言うと君は打ちあがっているごみの中からビール瓶の王冠を拾い上げると、右掌に乗せ自分の前に差し出す。
「この王冠はね、椿たちの世界ではあまり価値のないものかもしれない。だけど、世界の隅っこに小人の国あってね、その小人の国ではもしかしたらとても貴重なもので、富の象徴かもしれない」
「そんなこと分からないだろう? そもそも小人の国なんて」
「分からないよ。でも、そうであったとしたらすごく楽しいでしょ?」
と同意を促すように自分へと視線を向ける。自分は気まずさを覚えながらもゆっくりと頷くと、君はまるで小人たちに宝物を返してあげるかのようにそっと砂浜へ王冠を戻した。
「こうやってね、想像すればずっと世界は面白くなるし、素敵なものに見えてくる。素敵なものがいっぱい手の中に溢れると、その中には必ず本当に自分が求めているものを見つけられるの」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんだよ」
自分の問いに深く頷くと、君は改めて視線を合わせ、問いかける。
「えっと、君は」
「本多梅」
「じゃあ、梅ちゃんだね」
なにが、じゃあなのだろう。
なんて疑問を浮かべる間もくれず、言った。
「梅ちゃん、想像力を高めなさい。そうしたら人生は豊かになるから」
そう澄み切った瞳と声で言い切った君に、自分の瞳は揺れた。
正直、言っている言葉の意味をこの時の自分は一欠けらも理解していなくて、バカにされているようだ。とすら思っていたからだ。
だけど誰よりも清々しく生きているように見えた君が言うのだから、自分にはその言葉があまりにも魅力的に聞こえた。
ただ、言葉の余韻に浸らせてくれる時間を神様はくれなくて、神社探索を終えた万次郎が松の木の影から現れた。
それを自分よりも早く見つけていた君は、自分の前から立ち去ろうとする。
「梅ちゃんの友だちも来たみたいだし、椿は帰るね」
「っ、待てよ」
「? 何かな」
「いや。その、名前聞いてなかっただろ」
「あ。そっか。椿の名前は、大領中。大領中椿」
「大領中、椿」
反芻を終えると深く息を吸い吐き出す。
そして、自分は言ったのだ。
「……椿、おれと」
友だちになってくれないか、と。
「……それが、梅ちゃんのやりたいこと?」
「まあ、今はそうなるな」
「そっか……うん、良いよ」
少しの間。そして、夕焼けの光も相まってまるで別人のように見える複雑な表情をして君は自分の問いに頷いた。
この時君が、部長が浮かべた複雑な表情を、自分はもっと真剣に受け止めておくべきだったのだろう。しかし、この時の自分は部長の答えを待つことに一杯一杯で、頷いてくれたことへの喜びを噛み締めるばかりだった。
この後、自分を迎えに来た万次郎を、部長に改めて紹介した。
元々部長が万次郎に興味があったこともあり、上手く波長があった二人。自分たち三人は自然に放課後を三人で過ごすようになってから一ヶ月後、部長の提案により自分たちはオカルト研究会を立ち上げることになった。
楽しことを探す部長。幽かな存在を追う万次郎。そして、想像力を高める自分。
目的は三者三様で見ている方向も行きたい場所も違ったけれど、自分たちは高校三年間共に過ごしていくことを決めたのだ。
ただ、自分は気づいていた。いや、多分万次郎も。
部長は、大領中椿は本多梅に居場所をくれたのだろう、と。
お陰で高校に入ってからこれまで、自分には居場所があり共に過ごす人がいた。
学校では図書室で蕪木と。
学外では喫茶店で部長と。
高校生活の中で引かれ続け、形は違えどそれぞれと共に過ごしてきた。その二人が仲違いをしていて、自分は何も気づかないままのうのうと過ごしていた。
いや、気づけていたら自分は何ができただろうか。
「……っ」
自分は思い出す。
ああ、これが後悔なのだと。
深く息を吸う。そして、止めた。
数十秒後、酸素を寄こせと、心臓が胸を叩き訴える。
この胸を襲う苦しみが、後悔にとって代わってくれればいいのに。
だけど神様はこれくらいの痛みでは消してくれる気などさらさらなくて、後悔は雪のように重なり積もった。
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