2-10 行方
君は挨拶のつもりかにんまりと自分に笑いかけると、次の瞬間水平線の向こうに視線を向けてチェック柄のスカートを両手でちょこんと摘み上げる。そして、海から流れてきたごみが
自分は履き捨てたように転がっていた君のものと思われるサンダルを手に取ると、一直線にその人の元に駆ける。
スニーカーが砂浜を噛む音。その音に気づいたのか、君は微笑んで自分を迎え入れた。
「ありがとうございます、サンダル持って来てくれて。丁度足が痛くなっちゃって」
「そりゃそうだろ。アルミ缶やプラスチックの破片が流れ着いているんだぞ」
出来立てのコットンのようなその白い足の裏に、赤い切れ目が入ってもおかしくない。
自分は自販機であらかじめ買っていたペットボトルの水を投げ捨てていたリュックから取り出し、君の足元にかしついて足に着いた砂やごみを洗い流した。そしてまるでシンデレラにガラスの靴を履かせるように、サンダルを履かせたことまで覚えている。ただ、何故そんなことまでしたのかは覚えていない。
そして、何であんな失礼な質問をしたのかも。
「あんた、幽霊なのか?」
「え?」
言葉の意味が分からない。と言うように、眉を
正しい反応だろう。あまりにも言葉が足りていないのだから。
「いや、連れがそういう存在を探していてな。あんたがそうだったらどんだけ嬉しいかなって」
「そっか。それは残念だね」
と君は口にするが本気ではないのだろう、目線は自分から逸れて地平線の方へと向いている。
だけど、自分の言葉に応えようとしてくれたのか、君は海からくる風を全身で受け止めるように両手を広げると、そのまま自分の方へ振り向き、言う。
「椿はまだ、生きているよ。いっぱいやりたいこと残っているから。それに亡くなったとしても椿は幽霊にならないよ。だって、悔いを残すようなことはしないもん」
そう言い切るとは夕焼けのまぶしい光の中でも分かるくらい頬を上げ、こちらに向け笑ってみせた。
なんて清々しいのだろうか。
そう思うと、夕暮れが近づいてきていたせいなのか、心が焦がれた。
ああ、この子を知りたい。この子のことを知ってみたい。
万次郎のことも幽かな存在のことも忘れて、君を知りたくなった。
「どうしてこんなとこにいるんだよ。海水浴って訳でもないんだろ?」
「うーん。楽しいこと拾いに来たの」
「楽しいこと?」
「そ。これだけのものがさ、この小さな浜辺に流れ着くんだよ。遠い異国の言葉も分からない人が海に流した手紙が届くかもしれないでしょ?」
「そこから恋が生まれたりするのか?」
「そうかも。それとも、大冒険の始まりかもね」
冗談なのかそれとも本気なのか分からないいたずらっ子ぽい笑みを浮かべると、君は砂浜を上がっていき、自分の身長と逆転したところでこちらへ振り替える。そして、わざとなのだろうか後ろで手を組み自分の顔を覗き込むようにして尋ねてきた。
「あなたも子どもっぽいって笑う?」
「……いや、素直にすごいって思うよ」
「言うまでに間があったよ」
「へそが曲がっている分、すぐに認められなかったんだよ」
実際には少し子どもぽいって思ってしまったのは事実なのだけれど、素直に羨ましく思った気持に嘘はない。
その気持ちが伝わったのか、君は満足げに笑うと自分に抱いていた疑問をぶつける。
「質問を返すけど、君はどうしてここに居るの? もしかして、椿と同じ?」
「そうだったとしたらどれだけ良かったんだろうな」
目的も何もない自分はどうしようもない自分を責めるようにそう言うと、ここへ来る一応の理由となった万次郎のことを話す。
「連れが本気で幽かな存在を探しているんだ。ここもそういう存在が集まりやすいからって」
「幽かな存在って、幽霊?」
「ああ。心奪われたんだとさ。どうしても頭から離れないくらいに」
「一途なんだね」
「そうだな」
「素敵な友だちだ」
「ああ」
自分は噛み締めるように
何もかも分からないまま万次郎についてきて、自分はずっとここに居る。行くべき場所に背を向けて、話すべき人に会おうとしない。そんなことしているから、本当に居たい場所すら分からなくなってしまっている。
「……椿は君の気持ち、少し分かるよ」
「君もなのか?」
「うん。椿もね、ずうっとどこに行ったらいいのか分からない」
と言って君は、拗ねたかのように砂浜を蹴った。
飛んでいった砂がぼちゃんと音を立て海に消える。
「でも、君みたいにつまらないみたいに思ったりはしたことないかなあ」
「おれはそんなこと一言も言っていないが」
「あれ? 違った?」
「……間違ってはない」
「あはは。何それ」
自分の拗ねた感情も吹き飛ばしてしまうくらい魅力的な笑顔を君は見せると、ごみが煌めく砂浜を再び歩き出した。
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