2-5 青い春と譲れないもの

 店を出た後も脇腹は痛む。ただ、ある意味自業自得のため文句は言えないので自分は黙って脇腹を抑える。

 今は痛みよりも気になることが自分にはあるからだ。


「付いていくのに抵抗はしないんだが、目的地を先に聞いても良いか?」

「そうね……中学校よ、わたしが通っていた」

「中学校」


 何となくは予想をしていた場所だった。

 図書室での蕪木の姿は一年生の春から変わらないもので、その蕪木を作り出したのは高校に入学する以前の話。小学校の線も考えられなくはないけれど、小学校以上に自らも周りも多感になる時期が中学校だ。だから、可能性として中学校時代に何かあったんじゃないのか、とにらんでいたのだけれど、どうやら当たりだったらしい。

 しかし、か。


「? 本多、何か引っかかるの?」

「いや、お前ほどじゃないんだが、中学校時代は病気もあって上手くいかないことが多くてな、あんまり良いイメージがないんだ」

「そうなの。じゃあ、今日の話は無しにしましょうか?」

「いや、だめだ。お前が覚悟を決めて話そうとしてくれんのに、おれの勝手で話を流すわけにはいかない」

「……そう」


 話を流せなかったことを残念がったのか蕪木は、目線を伏せながら自分と共に駐輪場まで向かう。

 自分はポケットの中から鍵を取り出し、自転車を駐輪場から引き出すのだが、蕪木は黙ってこちらを見たまま動こうとはしない。


「どうした。まさか自転車を盗まれでもしたか?」

「いいえ、言ってなかったかしら。わたし、自転車に乗ってきていないわよ」

「まじかよ。じゃあ、どうやって中学校まで行くんだ?」

 

 一応バスという手もあるにはある。しかし車社会の田舎のバスだ、一時間に一本程度。

 それに中学校近くまでバスがあるのかすら怪しいところだが。


「本多、あなたの自転車があるでしょう」

「ああ……って、まさか、運転手役をしろって言うのかよ?」

「ここからだと三十分ほどかかるのよ。そんな道のり、こんな暑い中漕ぎたくはないわ」


 と駄々をこねる蕪木さんだが、少なくとも中学生時代はそこまで漕いでいたはず。

 何よりこの暑い中人一人乗せて走るのはかなりの重労働だ。


 当然渋い態度を取る自分。対して蕪木さんは、

「良いじゃない。わたしを後ろに乗せて自転車を漕げるなんて、一生誇れるわよ」

 と真顔でおっしゃる始末。

 自分にはその言葉の意味を充分に理解する頭がなく、呆れるばかりだった。


 ……でも、確かに蕪木を知っているやつには羨望せんぼうの眼差しが向けられるかもな。

 まあ、だからと言って乗せる理由にはならない。道路交通法違反でもあるし。

 蕪木には大人しくバスにでも乗ってもらうと自分は首を振った。すると、蕪木はしびれを切らしたのかとんでもないことを口にする。


「そんなに文句を言うならじゃんけんをしましょう。負けた方が勝った方の言うことを何でも聞くということで」

「え?」


 なんでも?


「……それはだめだ、蕪木」

「どうしてかしら?」

「どうしてもだ」


 まるで意味が分からないと言うように首を傾げる蕪木に、自分は語気を強め言った。

 もし仮に自分が勝ったとして、(仮)とはいえ友だちである蕪木に対し酷い命令をするようなことはない。だけど、何でも言うことを聞くという言葉を簡単に発して良いわけがないだろう。


「おれはそんな条件じゃやらないし、もしやろうとするならおれはお前と友だち(仮)の関係をやめさせてもらう」

「……まじめなのね」

「? 何か言ったか?」

「いいえ。では、条件を変えましょう。じゃんけんをしてわたしが勝ったら、あなたはわたしを学校まで送る。わたしが負けたらあなたに学校近くにある氷屋さんのかき氷をごちそうするわ」

「んー。まあ、それなら、良いかも」


 それなら良いのかよ。とどこからかツッコミが聞こえてきそうだけれど、残念ながらこれが甘党の性。甘味には勝てないんだよ。


 と心の中で言い訳をしつつ、蕪木の目の前に手を差し出した。

 

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