2-4 隠し事

 休日だけあって店内は中々の賑わいを見せている。自分たちが席に座ってからも何組かの客が席へと通されていたところを考慮すると、満席に近いと言って良いのかもしれない。しかし、今日の蕪木さんはとことん天に愛されているのだろうか、注文から五分ほどしたところで目的のロールケーキが届いた。


 運んできてくれたのは先ほど自分たちを席へ案内してくれたウエイトレスの子。緊張した面持ちで蕪木の手前にロールケーキを置いた時、桜の花弁ほど僅かだったけれど口角を上げ、「ありがとう」。と蕪木がお礼を言うものだから、頭の先までボイルされたタコのように真っ赤になってキッチンの中に消えていった。


 あの様子なら自分は眼中にもないだろう。

 結果、目の前のロールケーキに集中することができるようになり心を躍らせる自分は、珍しくも素直に蕪木に感謝の言葉を伝え、掌サイズのロールケーキの四分の一を切り出すと豪快に頬張った。


「うまい!」


 雲のように軽い口触りだけれど質量はしっかりと感じられるスポンジケーキ。そこに合わさる少し甘さを控えた生クリームがスポンジケーキの甘さを邪魔するどころか引き出している。

 まさに至福の一品と言って良いのだろう。目の前に蕪木が居ると分かっていても頬が綻ばずにはいられない。

 そんな自分を見届けてから蕪木はフォークを手に取った。そして、形が崩れないようきれいに切り取ってから口に運ぶ。


「っ! ……本当ね。存外あなたの舌も#侮__あなど__#れないわ」


 おそらく自分の味覚を内心疑っていたのだろう蕪木は、予想外のおいしさに驚きの声をあげた。

 その反応に自分は手柄を誇るように鼻を鳴らす。すると蕪木は#癪__しゃく__#に#障__さわ__#ったのか自分を#一睨__ひとにら__#みしたあと、ピンっと伸ばした右手の人差し指で自分の左頬を差した。


「ちなみに、口元にクリームを付けてかわいさをアピールしても、取ってあげないわよ」

「っ! 期待していないし、素直にクリームが付いているって言ってくれれば自分で取るわ!」

「あら、それは失礼」


 急いで白いナプキンを使いふき取る自分に悪戯っぽく笑う蕪木。

 その蕪木さんの口元にクリームが付いているのはボケなのか天然なのか判断に困るが、普段見られないものなので、バレた時怒られると分かっていてもしばらく黙っておこう。

 そんなトラブル? が起こりながらも自分たちの会話は予想にも反してスムーズで、元々の関係を知らない他人から見れば、普通の仲の良い高校生たちに見えただろう。

 対して自分たち。いや、蕪木の内心は外から見たイメージとかなり違っていたようだ。


「こう見えてわたし、少し心配していたのよ」

「心配?」

「あら、おかしいかしら?」

「いや、まあ、正直言えば自分もこんな話せるものとは思っていなかったよ」


 蕪木と自分学校の外でまともに話した時といえば、土居原先生の想いを過去へ飛ばした日の夜、コンビニに立ち寄った時が最後であり、それ以外の日はいつも図書室で話をしていた。だから心配になる気持ちは自分も理解できるし、図書室を離れても同じように話せているのは素直に嬉しい。

 二度目はまずないだろうって分かっていても、次を期待してしまうくらいにだ。

 だけどあくまで今日の目的は、くどいようだが蕪木の後悔について聞くことにある。


「…………」

 

 聞きたくは、なかった。

 くどいようだけれど、今が本当に楽しい。少しきつい冗談を言われることはあるけれど、後で万次郎にこの時間のことを尋ねられたなら、ひねくれた回答にはなるかもしれないけれど、楽しかったと伝えるだろう。

 そんな時間だから、終わりにはしたくない。

 だけど、終わりにしなければ前には進めない。


「蕪木」

「何かしら?」

「自分に隠していることがあるんじゃないのか?」

「…………」


 蕪木の表情と手が凍る。そして、こちらに向ける視線が鋭くなった。

 踏み込むな。ということだろう。だけど、友だち(仮)である蕪木のために、自分は踏み込まないといけない。


「自分と蕪木は友だちじゃねえよ。(仮)だし、正直変な関係だって自覚している。だけどな、こう明確に隠し事されているって分かるとむずかゆくなるんだわ」


 もちろん、必要ならいくらでも待つのだが、わざわざデート? と言う形で喫茶店に来ているのだ。今日蕪木が話そうとしていることは火を見るより明らかだろう。

 もはや黙っているわけにはいかないと覚悟したのだろう蕪木は、


「本多、あなた探偵に向いているわ」

 と言うと蕪木は目を閉じ、深呼吸をした。


「勘弁してくれ。トリックの仕掛けなんざ、小説を読んでいて一度も解けたことないぜ」

「解けない、というより解こうとしてないだけだと思うけれど」


 そう言って三回ほど深呼吸をすると地獄の鬼すら見惚れてしまいそうなその瞳を、真っ直ぐにこちらへ向ける。


「本多、ついてき……ついて来なさい」

「………」

 素直について来て。と言えないのか、お前は。


 ため息を吐いて応える自分に、了承と受け取ったのだろう蕪木は伝票を持って立ち上がる。

 宣言通りこの場のお代を支払うつもりのようだ。

 まあ、それは良いことなのだが……


「蕪木」

「なにかしら」

「クリーム、付いているぞ」

「…………」


 本当に今日は蕪木の珍しい表情が見られる日らしく、よく熟れたリンゴのように頬を染めた蕪木。思わず見惚れてしまった自分だったのだが、次の瞬間目にもとまらぬスピードで自分の脇腹を小突かれ机に伏せる。


「お会計をしている間、そこで反省していなさい」

「ふぁい」


 痛みでまともな返事が出来ない自分。そんな自分にざまあみろ。とでも言うようにこちらを見ることもなく、蕪木は早足でレジへと向かっていった。

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