2-3 デート?

 約束の土曜日がやってきた。


 蕪木はどこまでも天に愛されているのか、季節は梅雨に入っているのに空も天気予報も小松に雨を降らせるつもりはないらしい。ただし、その代わりなのか湿気をまとった強烈な暑さが自分を襲うのだろう。ただ幸か不幸かこれからあの蕪木わたと共に喫茶店に行くという事実が緊張を引き出し、暑さを感じる余裕がなかった。

 とは言えだ、ようやく蕪木の後悔について話が進展しそうなのだ、緊張なんかしている場合じゃない。


 約束の時間の三十分前、緊張を紛らわせるために読んでいた漫画を本棚に戻すと、クローゼットを開け着替えを始める。

 万次郎が言うには、塩顔の自分には下手な装飾品を着けない方が引きたって良いのだとか。

 ただ、あいにくオシャレのオの字も自分は知らない。そのため、万次郎に見立ててもらった無地のワイシャツとジーンズを身に着けると、忘れないようにと念押しされたハンカチをお尻のポケットに入れる。

 下ろしたての青色のスニーカーを履き玄関を出ると、自転車にまたがり自分はゆっくりと目的のカフェへと向かうった。


 家を出てから約十分、見ているはずもないのだからこんなことをしても無意味だと分かっている。だけれど、自分は嫌味を込めて一分のずれもなくきっちりと十分前に店の入り口前に着いた。

 そう、着いたのだが。


「あら、早いわね」


 この時間に居るはずのない蕪木さんが、他の客の邪魔にならないよう喫茶店の外壁に背を預けながら立っていた。それも何故か学校の制服を着て、だ。


「宣言通り十分前に来たはずなんだが」

「ええ。宣言通りにあなたは着いたわよ。一分のずれもなく」


 おそらくわざわざ時間を計っていたのだろう、蕪木は左手首に付けている腕時計を自分に向け見せる。

 解けてきた緊張に比例し感じる暑さも相まって重くなる頭を、自分は左手で押さえた。


「悪かったな。待たせてしまったみたいで」

「いいえ。問題ないわ。言ったじゃない、わたしは待つことを気にしないと」

「いや、確かに言っていたけどよ」

「それに待たせるよりもずっと待つ方が楽だから。そうしただけよ」


 そう言うと蕪木は入り口の扉を開け店内へ進んで行く。

 自転車を停める必要があった自分は遅れて店内に入ると蕪木は、頬を染め少し緊張気味な同世代くらいのウエイトレスに窓際の席へ案内されていた。その席に自分が行くとなると、ウエイトレスの子に恨まれるのかと思えて苦笑い。

 だけど蕪木をこれ以上待たせるわけにはいかないので、蕪木の待つ窓際の席へ向かい、対面の席に座った。


「しっかしお前なあ、なんでわざわざ休日に学校の制服着てくるんだよ」

「図書館へ行っていたのよ。制服着ていった方が学生だってすぐに分かってもらえるから対応が楽なのよ。学割とかね」

「そういうもんか?」

「細かいわね。いいじゃない。高校の制服で、それも夏服姿の同級生とデートができるのはこの夏しかないのよ」

「まあ、そうかもしれないけどよ」


 もう、高校三年なわけでこの夏服を着られるのは、この季節までとなる。

 そう思えば名残惜しくもあり、こうして夏服の蕪木とデートを……デート?


「デート、じゃないだろ」

「そうね。言ったわたしが寒気を覚えたわ」

「冷房強いんじゃねえの」

「そのようね。暖房入れてもらおうかしら」

「他のお客さんに迷惑だからやめてくれ」


 蕪木のことだ、本気で店員に頼みだしそうだからと、自分は釘を刺した。


 しかし、ときた。

 蕪木は時として突拍子もないことを言い出すやつだが、まさかデートとは。


 もちろん今回のことはそんな甘ったるい代名詞が付けられるようなことではない。そもそも先日で会ってから約二年と三ヵ月、ようやくという言葉でも表せないほど長い時間を経て自分と蕪木の関係は顔見知りから友だち(仮)に昇格したばかりだ。だから、こうやって学校以外の場所で会うことすら違和感を覚えるのに。

 まあ、自分たちの関係を知らない人たちから見れば、デートに見えるのかもしれないが。

 なんてお冷を呑む蕪木の顔をぼーっと眺めながら考えていると、こちらの視線に気付いた蕪木が眉をひそめて自分へと尋ねてくる。


「……わたしの顔、あなたに見つめられるほど面白い形をしているかしら?」

「いや、そこは照れるとかあるだろ」


 よっぽど嫌いな相手でもなければ、普通見つめられるとてれると思うのだが。


「あら、照れてほしかったの?」

「いや、それは違う、ぞ?」


 と否定こそしてみるが反応がそのまま肯定しているようなもので、自分はばつが悪くなりお冷を流し込む。

 そんな自分に何を思ったのか、蕪木は目線を伏せていた。


「……まあ、半分照れ隠しだったのだけれど」

「? また悪口か?」

「そうね。あなたと話すとどうしてこう、口が軽くなるのかしら」

「悪口のな」

「ふふ。そうね」


 じとー。と目を細めて見つめる自分に、一瞬だけだったが蕪木は無邪気に笑ってみせた。


「…………」


 くそー。こう、ほんのわずかだったとしても無邪気に笑ってくれると、二人でカフェに来たのも悪くない。と思わされる。もちろん、口が裂けても蕪木にこの気持ちは伝えるつもりはないけれど。

 そんな自分を尻目に、蕪木は先に自分へメニューを渡してきた。一応、デート? を誘ったのは蕪木からであり、そのことを意識してなのだろうか。


「お代はわたしが持つは。だから、好きなだけ頼んで良いわよ」

「好きなだけってのは遠慮するが、せっかくだしお言葉に甘えるわ」

「あら。珍しく素直なのね」

「こんな見た目だが甘いものに目がないもんでな」

「へー、それは確かに意外ね。ちなみに何を頼むつもりなのかしら」

「そうだな。やっぱりロールケーキかな」


 自分はメニューを裏返し、メニューの中のロールケーキを指さす。

 このカフェの主力メニューであるロールケーキのサイズは、なんと手のひらサイズ。それでいてお値段はワンコイン以下と高校生の財布にもやさしい。もちろん味も絶品なので、言うことなしだ。


「中々おいしそうね。わたしも頼もうかしら」

「そう言うと思って二つ頼むつもりだったよ」

「あなたの割には気が利いているわね」

「いや、もしお前が食べないと言ったら自分で二つ食うつもりだったんだよ」

「ただ食い意地張っていただけだったわ」


 気遣いのかけらもない返答に蕪木は呆れた眼をこちらに向ける。

 自分はメニューで蕪木の視線をガードをしながら呼び鈴を鳴らすのだった。

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