1-6 ネバーギブアップ

「それじゃあ、先に失礼します」


 部長は敬礼けいれいをするとクリームソーダの代金を机に置き、店主に挨拶あいさつ#をして喫茶店を去っていった。自分は机に置かれたお金を万次郎の方にてのひらで寄せると、背もたれにどっぷりと寄りかかった。


「また言われちゃったね、梅」

「何度も言われるもんだから、いい加減慣れたよ」

「そう言う割には身構えていたけどねえ」


 椅子の背もたれに全体重を預ける自分に対して、万次郎はにやにやと意地悪な笑いを向けてくる。自分は鼻を鳴らすと残っていたケーキを一口で食べた。


「しっかし、本当に元気がないねー、梅。まあ、やる気がなさそうなのはいつもの話だけれど」

「うるさいわい」

「あはは。それで、何かあったのかな?」

「……なかったと言えば、嘘になるな」

「なんだよ、それ」


 と言って万次郎は自分の前の椅子に座り直すと、テーブルに両肘りょうひじをつき指を組む。そして、その上に自身の顔を置いた。嫌に整ったタヌキ顔がにやにやと笑いながら上目遣いをする光景に、おでこを人差し指で押したくなったが話が進まなくなるので今は我慢。


「蕪木わたを知っているか?」

「おいおい、梅。それは、冗談のつもりかい? 冗談だったら意中の人を口説く時、冗談を言わないようお勧めするよ」

「お前の口からは悪意が垂れ流されているのか」


 アメリカのコメディアンがジョークを言った時のように、肩をすくめ大袈裟にリアクションを取って言う万次郎。自分が眉を吊り上げると、「冗談だよ」。と苦笑いをした。


「しかし、梅。蕪木さんの名前を口にしたのは、いったいどういった了見なのかな?」

「仕事のことを尋ねられて……脅迫きょうはくまがいのことをされた」

「? 仕事はともかくとして、脅迫まがいって言うのはどういうことかな?」

「刃のないカッターを背中に突きつけられたものだから、脅迫されていると勘違いしてべらべらしゃべってしまったんだよ」

「なるほど。それは上手く一本取られたね」


 お腹を両手で抱えケラケラと笑い、まるで蕪木を褒めるかのように言う万次郎。

 普段は温厚で知られる自分も遂に我慢が出来なくなって、身を乗り出し万次郎のおでこを小突いた。


「いたた。もう、酷いなあ、梅」

「冗談が苦手なものでな」

「それは君が言う時に限った話で……それで、梅は蕪木さんのことを調べて揺すりたいのかな?」

「そんなんじゃない。ただ、このままだと納得がいかないだけだ」


 脅迫(まがい)をされ、自分の手の打ちだけをしゃべらされたとあっては誰だって面白くないだろう。それに、


「後悔をしたことで苦しんでいることが分かっているのに、何もしないままほっとくのは腹に据えかねるものがあるだろう」

「……なるほどね。だけど、それだったら協力は難しいかもね」

「? 何でだよ。お前はそういう情報は詳しいじゃねえか」


 万次郎はどこで仕入れてくるのか知らないが、かなりの情報網を持っている。それこそ、蕪木の過去を調べてきてくれと言えば、明日にはノート一冊分くらいにはまとめてきそうなもの。


「まあね。でも、それは他人から見た客観的な情報であって、蕪木さんの後悔そのものじゃないよ。だから梅が蕪木さんの後悔について本気で知りたいんだとすれば、人の心を覗くことできない僕は力になれないね」

「まあ、それはそうか」

「何より蕪木さんについてなら、僕なんかよりも梅の方がずっと詳しそうに思えるけどね」

「はあ。分かっているだろ、万次郎。まともに会話したのは今回が初めてなんだぜ」

「そうだったね」


 万次郎は、悪かった。とでも言うように手を振った後、伝票を手に取った。教えられない情報の代わりらしい。


「結局は本人に聞くのが一番だよ。一回話しちゃえば抵抗感もないでしょ?」

「話したって言うか脅迫(まがい)をされたんだけどなあ」


 あくまでこっちが勝手にそう思った。と言うことにことになっているが、状況を作ったのは間違いなく蕪木で何を言われるか分かったものじゃない。

 だけどそれ以外の方法が思いつくわけもなく、自分は大きく息を吐くと覚悟を決めた。

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