1-5 決め台詞

「ジョンジョン、ちゃんと聞いている?」

「聞いているよ。夕日に向かって飛んでい#ちょうだよね」


 久し振りの真面目な話に対してどこか上の空の万次郎。その姿が琴線に触れたのか腕を組んで尋ねる部長に対し、流石にまずいと思ったのか万次郎は目を細め大袈裟おおげさに笑った。


 この数年の間、小松市では夕日に向かって飛んでいく蝶が不定期で見られている。時間としては一分未満。その名の通り夕日が見える日しか現れず、その幻想的な光景からその手のマニアの中で話題になっては#朝露あさつゆのようにすぐに消えてしまう。

 不思議に思われるかもしれないが、その理由は簡単だ。うわさの蝶を見たと言う誰もが、証拠となる写真を撮っていないからだ。


「確かに見たっていう人はネットの掲示板上に複数人居るけど、みんな目撃情報だけ。写真撮る人が現れないのも不思議なんだよね」

「確かにね。夕日がバックになるから。というのも考えられなくないけど。ちなみに、大領中さんは見えたのかな?」

「ううん。残念だけど見られないの。いつも目撃情報ばかりだよ」


 ただをこねるようにストローをくわえ、クリームソーダを吸う部長。対して万次郎は#宥__なだ__#めるわけでもなくただただにこにこと笑っている。

そんな万次郎の代わりではないけれど、部長の機嫌を直すために自分なりにフォローを入れる。


「見えない方が良いかもしれないぞ。不幸の前触れかもしれないしな」

「確かにね。万が一にも大領中さんに何かあれば大変だもんねえ、梅」

「あ、いや、そんなつもりはだな」

「心配してくれてありがとね、梅ちゃん」

「…………」


 と無邪気むじゃきに笑って返されてしまっては肯定せずにいられず、ばつの悪い自分はごまかすようにケーキを口にした。


「でも、どうしてこの街でしか見られないのかな? 隣の市とかじゃあ見られないみたいだし」

「たまたまじゃないのかなあ?」

「そうかなあ」

「そうだよ。たまたま神様に愛されたんだ」

「なるほどー。確かにその考え方は素敵だね、ジョンジョン」

「お褒めいただき光栄です」


 親指を立てて褒める部長に、万次郎は左胸に手を当て会釈する。自分は付き合っていられないとため息を吐いた。

 そんな自分の態度が、部長には引っかかったらしい。万次郎に向けていた視線をこちらに向けると、少し首を傾げながら尋ねてくる。


「そういえばさ、梅ちゃん。最初から気になっていたんだけど、今日ちょっと元気ないね」

「? いつもこんなものだろ」

「そうかなあ? いつもだったらもう少し自分ひねくれていますから。みたいなこと言ってくるけど」

「どんなだよ、それ」


 と言ってみるが、自分の発言を振り返れば言わんとしていることは分かっていた。後に黒歴史として保存される、「ひねくれ」。という口癖をこの時の自分は使っていたからだ。

 まあ、一応理由があってのことなのだが、いずれ話すことになると思うのでここでは割愛させてもらう。

 何より今は疑問を持たれてしまった部長に弁明をしなければならない。


「ジョンジョンとけんかでもしたの?」

「いいや、こいつと喧嘩けんかしたぐらいなら、少しのへこみもしないね」

「ひどいなあ。きっと僕だったら泣いちゃうのに」


 とわざわざハンカチまで取り出して泣きまねしてみせる、万次郎。

 ただ、自分も部長も冗談だと分かっているので取りあわないため、万次郎はすぐにポケットへとハンカチを戻した。


「まあ、何て言うか、色々面白くないことがあったもんだから、ちょっと気持ちが沈んでいるだけだよ」

「なんと! それはいけないね、大領中さん?」

「まったくだね」


 万次郎の言葉に腕を組んで、うんうんと大袈裟に頷く部長。そして、両手を腰に付けて胸を張った。


「面白くないことが起こった後は、必ず面白い事が起こる前触れだよ、梅ちゃん。だから、どんと構えておくの」

「どん。となあ」

「疑っているね、梅」

「いや、そんなつもりは」

「梅ちゃん」


 万次郎の余計な一言で部長の中に火が点いたのだろう、部長はまるで定規で計ったかのような真っ直ぐの視線をこちらへと向ける。

 ああ、これは言われてしまう。部長の代名詞たる決め台詞を。

 自分の心は揺れる。揺れが伝わり瞳も揺れるけれど、部長は構うこともなく満開の向日葵ひまわりにもりにも負けないほど明るい笑みを浮かべ、言うのだ。


「想像力を高めなさい。そうしたら人生は豊かになるから」


 これを言われてしまったら、自分はもう受け入れるしかない。

 それだけこの言葉には自分を魅了するだけの力がある。


「そうだな、部長」


 自分が受け入れたことを示すために笑ってみせると、部長は再び笑みを浮かべた。

 部長め、本当にずるいよな。この顔をされてしまったら絶対に敵わないんだよ。


 この後雄弁に語られた万次郎の話を右から左に聞き流しながらそんなことを考えていると、次第に日は暮れていった。

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