三色
玉虫イロハが目を覚ましたその日から、三日が経った。私はいまだに玉虫楼に泊まり込みを続けていた。店の主人に乞われてのことであるし、そもそもこちらは老身で僧形の医師なのだから、人に怪しまれるということはないが。
イロハについて、分かったことはいくつもあった。まず、結論から言えば、彼女は色覚を得た。だが、その色覚は常人の色覚とはまったく異質なものであった。彼女は、どんなものをどんな色に認識することもできた。例えば桜の花があるとして、それを赤い桜とみることもできれば黄色い桜とみることもできる。そして、彼女が桜を黄色い桜と見たとき、近くにいる他人にも、その桜を黄色いものとして見させることができるのである。
イロハはそのように、見える色を共にする相手を自ら選ぶことができた。あまり遠い場所にいる相手は無理なようであったが、近い距離であれば複数の人間に対してそれを行うことも可能であった。
しかし、重大な問題が一つあった。彼女はそもそも、世界というものがどのような色をしていたか、それを知らないのである。だから、彼女は世界をどのような色に認識することもできるが、他者が視ているのと同じような色彩で認識することはできないのだ。
仕方がないので、まず赤いものを用意した。赤ければ何でもよかったので、千代紙、手毬、そして朱塗りの手鏡などが持ち込まれた。それを示し、「これらは赤い」とイロハに教えた。イロハの視覚を通じて、それをイロハが赤いものとして認識した、ということが私には分かった。
だが、目を閉じるとイロハの色はまた失われる。これは、目を閉じた状態でかっきり数を一から十まで数えたときにそうなる、ということが既に分かっていた。十まで数え終わると、イロハの視界はまた白と黒だけの世界に戻ってしまうのである。
「見えるようになっても、見えないのでありんすね」
イロハは、相変わらず色を持たないその瞳をこちらに向けて言った。
「宋庵先生。教えてください。世界は、どんな色をしているのですか」
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