二色

 馬銭子まちんしと呼ばれる漢方の薬がある。漢方では生薬として利用し健胃に効能があるとされるのだが、私が持っている医学書の一冊に、この馬銭子を煮出してさらに煮詰めた汁を目に点ずると、眼病の治療になる、と記されたものがあった。私は玉虫イロハにそれを試すことにした。


「……ひゃっ。冷とうございます」


 目を開けさせて薬をしてやると、イロハはくすぐったがった。そんなことは良かったが、どうも薬が強すぎたのか、イロハはまもなく高熱を発し、寝込んだ。三日三晩、うなされ続けた。私のせいであると思われるので、玉虫楼に泊まり込み、夜を徹して看病を続けた。結果的に言えば、イロハは一命をとりとめ、五日後にようやく、目と口を開いた。


「イロハ殿。よかった。まず、白湯を口になされよ」

「……宋庵先生。色がありまする」

「何を申されておるのか分からぬ。とにかく、水分を摂らねば――」


 と、言ったときだった。私の視界が、真っ赤に染まった。赤一色。ものの立体性が把握できないわけではないが、部屋の中のありとあらゆるものが赤かった。もちろんイロハも、全身が赤く、髪も赤く、被っている布団も赤かった。自分の手を見ると、この宋庵の手も爪も真っ赤だった。これは驚いた。私も何か病を発したのだろうか。こんな性質の、それも突発性の眼病などというものは聞いたこともないが。


「イロハ殿。いま、世界はどのように見えておいでかな」


 聞いてみた。しかし、返事は要領を得なかった。


「同じ、ひとつの色です。ですが、が初めて見る色でありんす」


 おそらく、私と同じで赤一色の世界を認識しているのだろうと思うのだが、言葉でそれを疎通するのが一苦労であった。しかし、そうだとしても、これはいったいどうしたことか。伝染性の眼病というものも、まったく存在しないわけではないがしかしこういう性質のものは聞かない。数日間看病で傍にいたために、何か珍しい病をもらってしまったのだろうか。


「ともかく。食欲はおありかな?」

「いえ……何も食べたくないでありんす」

「そうか。では、今はもう一度眠りなさい。心を落ち着けて」


 イロハは目を閉じた。それから、ほんの少しの時間が流れたそのあとのことである。私の視界が、突然もとに戻った。綺麗さっぱりである。何の異常もなかった。突然眼病になるのも珍しいが、何の治療もしないのに突然元に戻ってしまう、というのもやはり奇怪な話であった。


 さて、それから一刻ほどして、イロハはまた目を覚ました。その途端、私の視界は、今度は青一色に染まった。

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