彩色少女玉虫イロハの比喩的な日常

きょうじゅ

一色

 その娘は年の頃が数えの十三歳、禿かむろから新造しんぞうに上がったばかりで、名を玉虫たまむしイロハと言った。玉虫というのは彼女自身の姓というわけではなく、彼女の属する吉原の遊女屋みせの名が玉虫楼ぎょくちゅうろうと言ったことから、戯れにそのように呼ばれているというだけのことである。


 彼女の母は玉虫楼の花魁であったが、若くして病を得て死んだ。しかしその直前に、病身をおして子を産んだ。その子というのがイロハである。母が病身で彼女を産んだためであるのか、イロハの身体には一つの障りがあった。目に、色が無いのである。他人が彼女の目を見ると、瞳の色がひどく薄い。そして彼女の側から見ると、世界というのは白と黒、その二色だけで出来ているように見えるらしい。


 イロハは母に似て美しい娘であったから、彼女を花魁として育てるために、さまざまな教育が施された。別に目が見えぬというわけではないし、色覚に障りがあるくらいで花魁になれぬというものではないのだが、やはり一応は医者に見せた方がよかろうと言うことで、私が呼ばれた。私の名は十方とがた宋庵そうあん。江戸の本所で目薬師めくすしを営む者である。


「宋庵先生でいらっしゃいますね。が、玉虫イロハでありんす。どうぞ、よろしくお願いを申し上げまする」


 なるほど、美しい娘であった。まあ吉原を歩いていれば美しい娘くらい珍しいということはないが、それにしても、何か、水墨画の世界から抜け出してきたかのような、幽玄的な雰囲気を纏った、不思議な少女だ。そのように思った。もっとも、私は医師であると同時に剃髪して出家の身であるから女色を断って既に三十と余年、それでどうだという話ではないのだが。


「はい、拙僧が十方宋庵にございます。では、お目の方を、少々拝見」


 なるほど、確かに瞳に色がない。珍しい症状ではあった。奇病と言っていいだろう。だが、前例がまったくないというほどのものではない。私がかつて学んだ蘭方の医学に、似たような例を見た記憶がある。帰って、古い医学書を当たってみるとしよう。


「いちおう一通り確認はいたしましたが、お目の、遠くのものや近くのものを見る力に支障はないようです。色が見えない、それだけです。そちらの方は簡単に治療はできないかとは思いますが、試してみたい薬がいくつかあるにはありますので、また後日持参してまいります」


 店の主人にそう告げて、私はとりあえず玉虫楼を辞した。

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