3-p10 ガチャと石とぬい (1)

 明日は部活のない土曜日だ。

 今日は夜更かしできる。

 ヒデアキはスマホを取り、


「それでは……」


と居住まいを正した。


「ガチャの時間です」


 レコステのアプリを起動する。

 画面上部の片隅に、「ジェムストーン」──通称「石」の数が表示されている。

 戦闘や育成の「ミッション」を通じて石を貯め、30個集めると仲間になるキャラクターカードを排出する「ガチャ」が1回実行できる。


 「ガチャ」で出たキャラクターは戦闘に参加できるようになる。

 10回まとめて「10連ガチャ」をすると強いキャラクターカードを得られる確率が格段に上がる。

 なので1回ずつよりも「石300個を貯めて10連ガチャ」という手段を取るプレーヤーが大多数だった。


 碧生あおいはヒデアキの肩に乗ってガチャをしっかり見守る体勢である。

 ヒデアキの石の数を見て、


「80連分か。まあ、ギリギリいけそうだな」


と評した。


「新シナリオのガチャで、かなり使っちゃったからなあ」


とヒデアキは難しい顔をした。


 レコステのキャラは16人。

 同一のキャラクターでも「衣装違い」が現在それぞれ10種類ほど、それぞれ違うカードになっており、強さに差がある。

 今、1週間限定でガチャからピックアップできる「バースデー松神まつがみ碧生あおい」は、パーティースーツを着て頭に小さな王冠を乗せた格好で、「スーパースペシャルレア」略して「SSR」というランクに設定されているカードだ。育成すれば全キャラの中でも屈指の強さになる。


 一方で、ヒデアキが既に所持している中で「日常・松神碧生」はTシャツにパーカーの、いかにも普段着。また、「トレーニング・松神碧生」はジャージ姿。

 これらは「レア」を意味する「R」のランクのカードで、全パラメーターを最大まで育成してもあまり強くはならない。

 レコステでは「R」が一番下のランクだ。「レアというより、レギュラーなのでは」とヒデアキは常々感じているのだが、一般的なソシャゲ用語に準拠すると、そういうことになるらしい。


 それとは別に「研究室・松神碧生」という白衣姿のバージョンも持っていて、これは「スーパーレア」=「SR」のカード。


 手持ちで言えば、少し前にガチャでゲットした「ハードミッション・松神碧生」が「SSR」だ。カジノに潜入するフォーマルな装いである。これはメインシナリオに関係したキャラカードだから、バースデーのような期間限定でなく恒常的にガチャで引ける。実装されてしばらくは「ピックアップキャンペーン」があって排出率が上がっていた。


 その他にもまだ未取得の、過去に期間限定だった松神碧生のカードが複数種類ある。二度と手に入らないかといえばそうでもなく、時々「復刻ガチャ」が開催されたら、運が良ければそこでピックアップできる。


 ヒデアキの所有カードは、ガチャを頑張った千景と碧生以外はSSRはいない。他はSRで戦闘に臨むことになる。

 メインシナリオの戦闘はハードル低めになっていてSRで勝てるが、日々の育成タスク「シミュレーション」では、一番簡単な「Normal」では確実に勝利ポイントを稼げても、中間難易度の「Hard」での勝率は6~7割程度だった。


 全カードに「ミニストーリー」が付いているからそれ目当てで、戦闘に出さないRのカードも集めているプレイヤーが多くいた。




 千景ちかげがソファの背もたれの上で、


「まずは、俺のガチャ動画を見て気分を高めろ」


と壁に自分のスマホ画面を投影した。

 突如始まったガチャ動画にヒデアキは思わず注目する。

 キランキランしたサウンドエフェクトが何度も鳴り響き、色々なキャラのイラストが次々にポップアップした。

 その中に「バースデー碧生」のイラストがあった。今回のピックアップ目標のカードである。


「10連で2回も。千景君、すごいラッキーだったんじゃないの!?」


 ヒデアキの反応に、千景は満足げだ。


「このあとまた2回来て、無課金100連で完凸かんとつだ。課金しそびれちまったなあ~。まあ、祝儀のつもりで後から石買ったけどな」


 完凸かんとつというのは、「完全突破」を表すネット用語。

 SSRを含む全てのキャラカードは、重複すると「限界突破」で更にパラメーターを上げて強化できるようになる。この「限界突破」にも限界があって、レコステでは4回が限度。そこに達すると「完全突破」の完凸かんとつとなる。

 千景は速やかにバースデー碧生を完凸した上、育成アイテムによって全てのパラメーターを最大値まで上げていた。


「碧生君は?」


とヒデアキは肩にいる碧生に尋ねた。


「おれは、100連で2。あとはアイテム使って完凸した。来週は兄さんのバースデーガチャがあるから、課金はその時まで温存する」

「そうだ、千景君の誕生日の石も要るんだった……」


 ショックを受けているヒデアキの肩を、


「心配すんな。金ならある」


と千景が力強く叩いた。


「それより、碧生を早速サポートに設定したからな。ヒデアキも使えよ」


 千景は最強になったバースデー碧生を即座に「フレンドサポート」に設定していた。こうしておくと、「フレンド」として登録しているプレーヤーだけでなく、ランダムで選ばれた見知らぬプレーヤーの戦闘サポート候補欄に表示される。選ばれると「コイン」が手に入る。


「結構使ってもらってる感じだ」


と獲得したコインの数を見て、千景は得意げだ。

 ガチャ初日の昨日から「バースデー碧生」でサポート候補欄に現れるプレーヤーが増えた。ガチャ結果を自慢したい気持ちはみんな同じだ。しかし完全凸に到達した人はほとんどいない。

 誰よりも早くバースデー碧生を完凸かつカンストさせた千景。みんなその熱意に心打たれたことだろう。

 さらに、


「このガチャ動画、記念にユーチューブにアップしたぜ」


 と千景。彼のSNS活動は、レコステ関連の投稿に「いいね」で応援する目的で、ツイッター鍵付きアカウント「観」というのを持っている。

 鍵だから自分からツイッターの発信はしておらず、その代わり気が向くとユーチューブで雑多な動画を世界に向けて放流していた。




 ついに、ヒデアキが「10連」のボタンを押す緊張の瞬間が訪れた。

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