3-p09 ミニチュアフードを食すぬい

 夜。


「今日のご飯は……ギョーザと、とり天」


 アヤトが冷蔵庫から食材を出した。ギョーザはヒデアキのリクエスト。とり天は碧生あおいの好物だ。

 千景ちかげも久しぶりに料理をする気分になっている。碧生とお揃いの汚れ防止レインコートを着こんで、


「よし。肉と肉だな!」


と気合を入れた。

 ヒデアキは、ぬいのコマ撮りアニメの撮影係。スマホで良いを狙う。


 まずは作業のやや複雑な餃子から。

 野菜を刻み、挽肉や調味料と混ぜてタネを作る。

 それを市販の皮に包む。全てきれいに餃子の形にできればよいのだが、ヒダのピッチが一定でなかったり、皮同士をくっ付けようと押しているうちに破れる、など素人にはやや難しい。そしてようやく慣れた頃には全ての具を包み終わってしまっていたりするのだった。


 今日チャレンジする、ぬいサイズの餃子はというと……

 千景が餃子の皮を一枚、まな板に広げて丸い型抜きを構える。


「真ん中で1枚。あとは周辺で……7枚ってとこか」


 碧生と協力して、円形の型抜きを器用に餃子の皮に押し込む。小さいサイズの餃子の皮ができた。


「余った部分、とっといてくれ。チーズかけて焼いたらパリパリチップになる」


と碧生。

 千景が小さな皮に挽肉を乗せて包む。ぬいの丸い手先なのにやたら器用で、きれいなヒダのミニチュア餃子ができた。普通のサイズと並べるとそれだけでちょっと面白い。


「よし。餃子は、あとは焼くだけ。次、とり天いこう」


とアヤト。


 とり天はまず、ニンニクやショウガをすりおろして下味のタレを作る。そしてその次に、小麦粉と卵などで衣のタネを作っておく。

 それからご本尊の鶏肉をカットする。人間用の2口大ぐらいの大きさのと、ぬい用の小さい断片がまな板の上に並んだ。


「ぬいサイズのとり天。考えたこと、なかった」


 碧生が興味津々で、小さくカットされた鶏肉を見ている。

 千景が鶏肉の破片をトングで摘まみ上げて、下味を付けるタレに入れた。


「ミニチュアフードを食うなんていう発想が、そもそもなかったからな。暇なこと考えるニンゲンがいるもんだ」


 ミニチュアは少し前から流行ってはいるが、食べられるミニチュアフードが最近急に広まったのは、ある個人の作り続けた動画がツイッターやYouTubeで拡散されたことが大きい。


「あの動画の人、ミニチュアフード・アーティストだよ。暇というか、もう仕事でしょ」


とヒデアキは、コマ撮りの写真を撮りながら言う。


「衣って、こんな感じでいいのか?」


と千景が碧生に確認した。アヤトが横から、


「付けすぎるとモサっとするから、気持ち少な目にね」


とアドバイスした。

 揚げる直前段階のとり天を前にして、碧生がむむ……と難しい顔をする。


「このサイズ、いつもの感覚で揚げると焦げそうだ。油断できない」


 アヤトが、


「そうだ。キャベツ、忘れてた」


と冷蔵庫から出して、洗って千切りを始めた。とり天の付け合わせの定番だ。

 炊飯器がピーッと細い音をたてて、炊きあがりを知らせた。


「チカちゃんとアオちゃんも、お米いる?」


 千景が、


「俺たちは肉があれば、いい。なあ?」


と碧生の方を見て、


「うん」


と碧生が頷いた。







 しばらく後。

 出来上がった料理を前に、


「いただきます」


 皆の声が揃う。


 とり天はぬいの口にはちょっと大きめだ。碧生が小さなフォークに刺す。齧って頬張ると、揚げたての衣がサクッとクリスピーな音をたてる。

 しばらくもぐもぐして、ひとつ食べ終わると碧生の動きは止まった。

 ぱちぱちと瞬きをしている。あまり表情は変わらないが、よく見ると目を輝かせている。


「うまい……。記憶の中だけにあったうまさだ」


 そういう不思議な感想を述べると、粛々と2つめを口に運ぶ。


「記憶の中だけ、って?」


とヒデアキが尋ねた。


「そういう設定だ。おれは小さい頃から、とり天を食っている。だから好物になった。とは言っても、ぬいとしては、人間サイズを切ったやつの食感しか体験してない」

「なるほど……わかるような、わからないような……」


 すっかり家に馴染んだぬいたちだが、やはり時々謎である。

 アヤトが申し訳なさそうな顔をした。


「人間サイズのを切っても、アオちゃんにとっては『鶏肉のオイルソテー、衣を添えて』ぐらいにしかならないよねえ。早く気付けばよかった。ごめんね」

「そんなことない。とり天は切ってもとり天だ」


と碧生。


「どの状態まで、とり天として認識可能なのか……。概念の限界点については、議論の余地ありだな」


と千景が、弟と同じ好物をもぐもぐしながら言った。

 続いてぬいたちはミニチュア餃子を、タレを付けて頬張った。こちらの方がとり天よりキャッチーなフォルムだ。ヒデアキがぬいの姿をスマホに収める。


「餃子もうまい」

「よかったよかった。これからは、ぬいサイズも作るよ」


とアヤト。しかし碧生は、


「別に、毎回しなくても大丈夫だぞ。欲しいときは自分で作る。それよりアヤトは原稿を進める方がいい」


 毎度〆切に追われがちなアヤトの性分が気になっている。ぬいの料理に手間をかけるより、仕事を終わらせて健康的な時間に寝てほしい。


「とり天はそんな大変じゃないよ。餃子は、包むのちょっと難しいかもなあ」


 アヤトはぬいの心配を知ってか知らずか相変わらずマイペースなことを言っていた。

 碧生はラス1になったとり天を見つめて、


「これ、マリンさんのぬいにも、いつか届けてやりたい」


と思いやりに溢れた言葉を漏らした。いつもツイッターで見る他所の家のぬいに、すっかり愛着が沸いている。

 今日は母の骨壺は母の席にあった。

 シンタローは「遅くなる」と予告があった通り、帰ってこなかった。

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