3-p08 考えるぬい

 学校に行く途中、最寄り駅でコーイチローに会った。


「今日は、ヒデが生まれた日だ」


と彼はなにやら神妙な顔をしている。


「祝っていいのか?」


 そう尋ねられてヒデアキは首を傾げた。


「いいのか、って。なんで?」

「いや、だってさあ……」


 コーイチローの物言いは珍しく歯切れが悪かった。

 その表情を見て、ヒデアキはようやく思い至った。

 家族の喪中とか、そういうのを気にしているみたいだ。

 コーイチローの家はそういった礼節とか配慮とかの教育がきっちりしている。そのお陰もあってコーイチロー自身も、いい加減そうに見えて案外心配りの細やかな人間だ。


「生まれた日は変わんないし。14歳になったよ」


とヒデアキが言うと、


「おお。14歳はもう大人だよな!」


とコーイチローの方がなぜか張りきった顔をしている。

 そして通学カバンに手を突っ込んで、スナック菓子の袋を出した。


「こちらは、黄金色こがねいろの菓子でございま~す」


 時代劇の悪徳商人のようなことを言っている。

 パッケージに書かれている金色の文字を、ヒデアキは読んだ。


「『大人の』」


 大人のベビスタラーメン。


「それ、オマケだからな。こっちが本体」


 コーイチローは続いて、雑貨屋のロゴの入った袋を差し出した。ペンか何かかな、と想像できる大きさだ。

 電車が来た。


「大人なのかベビーなのか。それが問題だ……」


 なんて言いながらコーイチローが乗り込んでいく。

 ヒデアキも続いた。

 ちなみに「本体」と言われたプレゼント袋の中身は「大人の鉛筆」。ちょっと高級感のある、芯が太くて折れにくいシャープペンシルだった。




***




 音楽室。

 10月に入ってからずっと、音楽の授業はギターの練習が続いている。

 今日また新たなコードを習った。コード進行の流れができてくると、皆の演奏もようやく音楽らしくなる。

 四方八方からギターの音に包まれて、ヒデアキはちょっとイヤなことを思い出した。

 シンタローの歌詞ノートを拾った、そのあとのことだ。



 数日前のその夜、テレビではプロ野球クライマックスシリーズの中継が流れていた。

 宿題を目の前に置いたまま碧生あおいと一緒に見入っていると、シンタローが帰ってきた。

 彼はノートを置き忘れたことに気づいていたのか、そうでなかったのか……。それはわからないが、ローテーブルの上から黙ってノートを取った。


「その歌、配信するの?」


 声を掛けてしまって、ヒデアキは後悔した。

 シンタローが思いのほか険しい顔をしていた。


「こん中、見た?」

「開いてたから」


 ヒデアキが申し訳なさそうに答えると、ちっと舌打ちする。


「勝手に見るな」

「……ごめん」


 碧生が、


「見たというか、開いてたページが見えたんだ。閉じといたけどな」


と説明する。

 シンタローは溜め息をついて、苛立ったまま自分の部屋に行ってしまった。

 ヒデアキは呆然として、それからなんだか怒りがこみあげてきた。


──自分が勝手に落したのに、迷惑!


 碧生はというと、特に気分を害した様子でもなくシンタローの後ろ姿を見送っていた。


「見られるの、イヤなんだな」

「でも今まで、そういう感じでもなかった。たまに書きかけで置きっぱなしだったけど、見るなとか言われなかった」


 ヒデアキはテレビに視線を戻したけど、楽しさはしぼんでしまって凄くモヤモヤする。


「今まで……」


と呟いて碧生は「考えるポーズ」をして天井を見上げた。


「今までとは、違うのか」




 それがあってからの、昨日。

 シンタローはまだちょっと様子がおかしかった。アルコールのせいもあったのかもしれない。

 隠さなきゃいけないものを作るぐらいなら、歌にするのなんてやめればいいのに。そのままにしておけばいい。何もしなくていい。

 今まで感じたことのないような、冷めた気持ちをヒデアキは抱え続けていた。

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