2.5-p07 Time

 そういうわけで次の日も、台所の隅で黙々とミニチュアカップを作る碧生あおいの姿があった。

 今日はネコ顔型の樹脂製の筒を持っている。昨日言っていた3Dプリンターで型を作ったのだ。その筒に粘土を巻きつけてネコ顔の形を整えていた。傍らからヒデアキの教室の授業がラジオみたいに聞こえている。

 そんな台所の様子を、アヤトが仕事の合間に覗いていた。頭の上には千景ちかげが乗っていて、元々のジト目を一層ジト目にして見守った。


「あいつ、凝り性なんだよな。スイッチ入ると納得するまでやめねえぞ」


 手作り陶器をオーブンで焼いて冷ました頃にはヒデアキも帰ってきて、


「昨日より上手くなってる」


と出来栄えを観察して評価を述べた。

 碧生は厳しい顔で完成形を見つめていて……


  ガシャン!


 不機嫌な顔でテーブルに叩きつけた。

 小さいカップは星が弾けるように砕けてしまった。


「が、頑固職人!?」


 かつてない乱暴ぶりに衝撃を受けているヒデアキ。

 碧生はハッと冷静に戻り、


「ついカッとして……」


と反省して掃除を始めている。そして、


「追加の粘土が要る」


とボソリと漏らした。

 千景が空飛ぶタオルで掃除機を掴んでガーガーと動かした。


「おい、碧生……次がラストチャンスだからな」

「わかってる」


と碧生は応え、割れた破片を始末したあと、決然とした表情で素材粘土の会計ボタンを押していた。



***



 さらに数日が過ぎた頃……

 ヒデアキがスワイプするスマホに、ミニチュアカップをミニチュアテーブルに置いた千景ぬいと碧生ぬいの写真が現れた。カップはもちろんネコ顔型。碧生の手作り陶器だ。

 それだけではない。同じデザインでニンゲン用サイズ……ぬいと同じぐらいの高さのカップに紅茶が入っているのが、写真の中に見て取れた。これも碧生が、ミニチュアを成功させた後で作った力作だった。

 そして千景がポチった高級紅茶「シンガポール・モーニング」のかっこいい缶も上手い具合に配置されている。


 ヒデアキの肩には碧生が座って一緒にスマホを見ていた。達成感を滲ませた顔だ。

 ツイート発信者のアイコンはマリンさん。写真に映っているのは、マリンさんの家の千景ぬいと碧生ぬいなのだった。

 碧生が作ったカップはマリンさんのもとに届けられ、報告のツイートがこうして上がっているという次第だ。

 写真の中のぬいは注がれた紅茶に手を伸ばしているように見える。


「喋りそうな顔してる」

「そうだな。オフで会えたら、コンタクトとってみる」


 そうは言ってもきっと、動かない喋らない、紅茶も飲まないぬいだ……とヒデアキも碧生もわかっていた。

 それでも夢見ずにはいられない。もしかしたら、紫藤しとう家の千景と碧生みたいに喋って動くのかもしれない。その可能性はゼロじゃない。どの家のぬいも、実は人知れず命が宿っていたりして。

 碧生が「合格」にしたカップは、ミニチュアが4つとニンゲン用の大きさのが2つだった。

 その半分、つまりミニチュア2つとニンゲン用1つががマリンさんの元に贈られ、残りのミニチュア2つとニンゲン用1つはこの家に残って今、目の前にある。


「友情のしるしだ」


と碧生は満足そうだった。

 ツイートを少し確認してから、気になる紅茶「シンガポール・モーニング」を開封して淹れることにした。

 ポットに茶葉を入れて説明書きを見て、


「3minutes。3分かかるのか」

「日本は少し短めの方がいいらしいぞ。水質が違うから」


 碧生がキッチンタイマーを設定して、ベストなタイミングを狙ってカップに注いだ。

 碧生と千景のミニチュアカップにも。

 ニンゲンサイズのネコ顔カップは母のナツミの分だ。


「いい香りだな」

「お父さん起きてるかなー」


 トレイに父のカップと人間サイズネコ顔カップとミニチュアのネコ顔カップを載せて、ヒデアキは母の祭壇がある部屋に向かう。

 その足の裏に、硬いものが当たって転がった。

 つるん、とマンガみたいな音がした気がした。

 体が傾く。

 カップが跳ねる。

 アツアツの紅茶が向かった先には……綿と布でできた碧生の体が……


「!!」


 ヒデアキと碧生、2人分のビックリマークが交錯した。


  ビチャッッ

  ガシャン!


 けたたましい音が鳴り響いて、テーブルにカップが当たり、フローリングに落ちて割れた。


「? あれ」


 そこに碧生はいなかった。

 割れたカップの残骸が散らばっているだけだ。

「どうした!? なにか割れた!?」


とアヤトが部屋から出てきて、千景もやってきた。


「待て。欠片が散ってるから危ないぞ」


 碧生が棚の影から姿を現した。カップが飛んだのと反対方向の棚だ。

 さっきまでヒデアキの目の前にいたのに、瞬きする間に消えていた。


「……素早い」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔のヒデアキを見て、千景がニヤッと笑った。


「おまえには、秘密を教えてやるよ。次の章で、碧生は時を止める技を使えるようになる。能力がぬいにも反映された。ぬいはサイズダウンしてるから、最大2秒ってとこかなあ?」


 千景が確認するように碧生を見ると、「うん」と碧生が頷いた。

 2秒の間に棚の影まで避難したのだった。

 ヒデアキは足元にある、ビー玉より少し小さな白いボールに気付いた。


「あ……これ踏んだんだ」

「エントロピーだ」


と、碧生が申し訳なさそうに白いボールを見つめてボソッと言った。

 先週から何度か、「アナログもいい」とか喜んで打って遊んでいた、ビー玉より少し小さい球だ。1つだけ回収しそびてれいた。

 そんな碧生を見下ろして、


「時を止めるって……本当に止まったの?」


 ヒデアキは半信半疑だ。千景が碧生の代わりに答える。


「レコステは、地球が滅亡に向かう話だ。時の流れがシナリオ展開のキーになってる。そういう能力者が出てくるのは必然の流れだな」

「ぬいの能力、ゲームと連動してるんだ……」

「これ、今はまだネタバレだから言うなよ」


 一方、碧生は自分の能力の話には興味なさげだ。ネコ顔カップの残骸の前でパチパチと瞬きをして、


「試作品を叩き割った報いか……壊れるのは一瞬だな」


 頑張って作ったのに哀れな姿になってしまい、静かにショックを受けている。


「仕方ない。また作ろう」

「いや、もうシコタマあるだろ。これ以上はダメだ」

「あれは試作品だ」


 千景に止められて、碧生は不満そうだ。

 ヒデアキはポカンとしたまま碧生を見下ろし、


「時を、止める技」


と呟いた。

 不思議なぬいの力には、まだまだ秘密がありそうだ。

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