2.5-p06 ミニチュアカクテルを作るぬい


 次の日。


「作りたいものがある」


碧生あおいが言った。朝食の並んだテーブルの隅で、ユーチューブを熱心に見ながら。

 ヒデアキは碧生の小さなスマホ画面に目を向けた。


「何? 難しいやつ?」

「カクテル。シンガポール・スリングだ」


 碧生のスマホの写真が壁に投影された。

 細長いカクテルグラスにピンクがかったオレンジ色のドリンク。グラスの縁にはパイナップルが引っかかっていて、チェリーが添えられ南国の雰囲気だ。


「なるほど。ぬいり用に」


というヒデアキの相槌に、「うん」と碧生が頷く。


「ミニチュアフード、おもしろいだろ。いつかおれも作ってみたいと思ってた」


 ケーキやお弁当なんかを、本物の食材を使ってミニチュアで作る「ミニチュアフード」の動画が、最近ネットで話題になっている。

 千景ちかげが空飛ぶタオルに乗ってフヨフヨとやってきた。


「シンガポールなんちゃらって、バーのシーンで出てきたやつだな。黒須のヤロー、わざわざ激甘ドリンク出してきやがって……」

「兄さん、それ以上はネタバレだ」


と制して碧生がヒデアキをチラッと見た。黒須、というのはレコステに出てくるキャラだ。彼とひと悶着ある話のようだ。


「千景くん、甘いの嫌なんだっけ? パフェ食べてたよねえ?」

「甘い酒は嫌なんだよ。男は黙って麦焼酎だ」

「ふーん?」


 全然わからない、という顔をしているヒデアキに向かって千景が、


「新章は来週月曜からスタートだからな。それまでは今の話、学校で言うなよ」


と情報漏洩を気にしてか一応釘を刺した。


「そうそう、レコステの話してる人、クラスにも結構いる」


 クラスだけではない。今まで気にもしてなかったけど、ヒデアキが登下校する途中でレコステのゲームアプリを起動している人とかグッズをバッグに付けている人がちょいちょいいて、最近はそれが自然と目に入るようになった。

 そのことと同時にヒデアキの頭の中には銀色のシェイカーを振る碧生の姿がフワフワと浮かんできた。


「カクテル作るんなら、シャカシャカするやつが要るでしょ」

「もうある」


 碧生がこともなげに告げた。


「えっ!? あるの」


 即答に驚くヒデアキをよそに、碧生は熱心にレシピ動画に見入っている。

 千景が、


「俺が作った。メタル系の加工なら朝飯前だぜ」


といつの間にか手にしていた銀色の容器を掲げて見せた。


「すっごい。ぬいサイズだ……」


 シェイカーはぬいの手でも振り回せるミニサイズだった。

 碧生がようやくスマホから顔を離した。


「グラスは、既製品が売ってたからポチった。明日か明後日には届く」

「ってか、碧生。お前、酒飲めねえだろ」

「おれは、自分用にはノンアルカクテルを作る」

「写真だったらわかんないんじゃない?」


とヒデアキ。


「いや、レシピが違うから色が微妙に違う」


と碧生。千景がシェイカーを開けて、早く使いたそうに中を覗き込んでいる。


「あー。そうだな、シナリオ通りやるなら……」

「兄さん、ネタバレ禁止だ」




***




 その日、夕方。

 小さな白い、歪んだミルクピッチャーみたいな塊が4つ、台所の机の上に並んでいる。

 碧生が片手を口元に充ててカップの列を見下ろしている。

 そこへヒデアキが帰ってきた。


「あ。これ、なに?」

「オーブン粘土でカップを作った」


 オーブン粘土は家庭で陶器を手作りするための素材である。

 好きな形にして、釉薬うわぐすりを塗って家庭のオーブンで焼けば実際に使える陶器になる。


「ミニチュアの話で思い出した。ナツミが手作り陶器セットを買ってたんだ。これを作る予定だった」


 碧生がスマホを操作し、レコステのイラストが壁に投影された。松神兄弟の会話シーンだ。

 その背景の一部が拡大された。

 少し変わった形のマグカップ。

 口縁が円形でなく、ネコ顔の形をしている。色は真っ白で取っ手が尻尾みたいにクルンとしたデザインだった。


「回想シーンで、おれと兄さんが使ってたマグカップだ。あの頃はまだ平和だった」


 淡々とした碧生の口調から、少しだけ懐かしそうな気持ちが立ちのぼった。気に入っていた……という「設定」なんだろう。


「ヒデアキ、今日美術で粘土彫刻作ってただろ」


 碧生のリクエストで授業の音声を送信するようになって、それは今もまだ続いている。


「うん。野球の、ボール打つ瞬間を作ってるんだけど……フルプロみたいになった」


とヒデアキ。普通の人間を作る予定だったのに2頭身の彫刻になってしまったのだった。

 そして、机の上のミニチュアカップは……というと。


「ネコの顔にするの、意外と難しいな」


 碧生は「うーん」と眉間に皺を寄せて目を伏せた。

 取っ手がとれていたり、割れていたり、厚みが均一でなく歪んでしまっていたり……

 ヒデアキはボロボロの塊を1つを摘み上げた。


「これは、結構うまくできてる」

「……明日もう一回作る」

「碧生君、職人だ」

「3Dプリンターでは、もっとイラストの通りにできてた。でもあれは熱に弱いし、テクスチャーが明らかに違う。やっぱり陶器がいい。安心して使ってもらえる」

「誰かにあげようとしてる?」


 うん、と碧生が頷いた。





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