2.5-p05 運動するぬい
ヒデアキは目を閉じた。
今日は早く寝て、明日は早く起きる。休みの日だから楽しいことをする。そんな当たり前だった日常は今は歪んでしまって、冷たい風に煽られる窓みたいに不安に震えていた。
しばらく考えて、ヒデアキは目を開けてツイッターを開いた。
フォローしている人たちのツイートが現れる。レコステのことや自分の日常のことを呟いている。スワイプすると滝を滑るように流れ去って行った。
チハル……つまりヒデアキと碧生と千景への「いいね」とリツイートが少しだけ増えていた。
自分のツイートを遡ると碧生の撮りっぱなしの写真があり、その向こうに母の撮った写真が見えた。ぬいやツイッターのことをもっと早く教えてくれたらよかった。それだけじゃない。もっといろんなこと、教えてもらえるはずだった。
視界の中にヌッと千景が割り込んできた。
「ヒデアキ。お前、ムリヤリ楽しそうにしてるだろ」
「……そうかも」
「少し休めば」
ヒデアキはちょっと考えてから、
「ううん」
と首を横に振った。
「楽しくなくても、楽しそうにしてる方がいい。運動は発明のタネだって碧生くんが言ってた」
「あれは俺の名言だ。碧生じゃねえ。それにお前は、発明関係ねーだろ」
ボールが空を目指して飛んで、それでもどこかで引力に負けて落ちてしまう。心だってきっとそういうものなんじゃないか、とヒデアキは考える。
回転する星。夜が過ぎて朝が来る。
光の波長、音の波長。
運動する世界は、作用と反作用の永遠の繰り返しだ。
***
フルプロのトレーニングモードでバットを振りながら碧生は少しばかり悩んでいた。
「友達を増やす」と誓ってみたものの、どうすれば理想の形で達成できるのか具体的な策はない。
ネットで検索すれば色々な案が出てくる。「こっちからフォローする」。友達になりたい相手ならそうするけど、ただ数字を増やす目的だけでそういう働きかけをするのは違う気がする。
「いいねやリツイートを積極的にしよう」。これは碧生にも遂行できる。ナツミも「いいね」を押すのは好きだった。ただしリツイートはあまりない。ツイッターが日記帳のように使われているからだ。仲のいい人が拡散してほしそうな情報だけはリツイートで応援していた。
「共感してもらえるツイートを毎日たくさんする」。それができればこんなに悩まない。もっと皆のツイートを見たいな、と思った。読み切れないぐらいたくさんあるけど。
「役に立つ情報を頻繁にツイートする」。ゲームの攻略情報とかグッズ情報を真っ先に流すアカウントは確かにフォロワーが多い。これだって碧生にもできそうだけど、今の「チハル」のアカウントとは趣きが変わってしまう。継承者として正しい運用ではないだろう。
……でも、役に立つ「ぬい」の情報だったら?
チームメイトの二頭身が動くのを見ながら、考えが固まってきた。
「♪ともだち千人できるかな」
いつかの歌声が聞こえた気がする。
バットを振ると白球の手ごたえ。弧を描いて観客席に降りて行った。
それとともに碧生の意識もふっとフェードアウトした。
約2時間後。
XR装置のドアが開いて中を覗き込む2つの影があった。
「やっぱり寝てる」
とアヤト。
「やっぱりな」
と千景。
アヤトが装置に手を突っ込んで碧生をそっと引っ張り出した。
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