2.5-p04 人をダメにするソファでスヤるぬい

「貰いっぱなしってわけにはいかねーから、お礼に何か送っとこ」


千景ちかげがいっぱしの大人らしいことを言いだした。


「なにがいいかなー」


 スマホでネットを検索するすぐ傍で、碧生あおいも興味深げに画面を覗き込む。


「やっぱキエモノか」


 千景が「インスタ映えスイーツ」の紹介サイトを表示させた。


「キエモノってなに?」


 ヒデアキが尋ねる。

 3人で小さなスマホを見るのは狭いので、千景は画面を壁に投影した。


「食いもんのことだよ。こういう場合は、菓子だ」

「マリンさんはよく、ぬいと菓子の写真をツイートしてるんだ。一緒に撮ってもらえたら、嬉しい。えるやつにしよう」


 碧生がそうリクエストして画面の中の菓子を真剣な目つきでチェックしている。


「カジノっぽい菓子とかねーかな。新章にちなんで」

「「カジノっぽい菓子?」」


 ヒデアキと碧生が声を揃えて首を傾げた。


「トランプとかコインとか、モチーフがあるだろ。コインチョコは見たことあるけど、クール便じゃねーと溶けるな」


 しばらく検索してみたけど、残念ながらイメージに合うものが見つからなかった。

 悩みながら千景が新たな提案をした。


「新シナリオの舞台がシンガポールだから、そっちのコンセプトで攻めよう」


 次に検索窓に入れたのは、「シンガポール 日本で買える」。

 検索結果にはお土産を紹介するサイトが表示された。

 その中の菓子や紅茶の箱を碧生が小さな手で指し示した。


「この字のやつ、家にあったの見たことあるぞ。日本に店があるんじゃないか?」


 公式サイトに飛ぶと、紅茶がメインで菓子も作っている、シンガポールのフードブランドだった。日本では銀座とか高級なイメージの街に店を構えている。

 商品リストの画像を眺めて、男子3人揃って同じものに目を留めた。


「この箱、かっこいいな」


と碧生。

 黒地の箱に海と空の絵がプリントされている。その上に金色でブランド名と紅茶のタイトル、同じく金でライオンが描かれて、世界的に有名なマーライオンを連想させている。

 「マーライオン」じゃなく「ライオン」というところが、選ぶ側の3人にとってポイントが高かった。


「名前もいい。シンガポールモーニング……」


 千景がサムネイル画像をクリックした。

 茶葉が入った細長い缶も同じデザインだ。


「イセシマヤで通販できるぞ」


 通販ページを探し出すと、詳細な画像と紹介文が出てきた。

 購入者のレビューもあって、フレーバーは万人受けのようだしかなりの高評価だ。


「ゲームしながらこれでシンガポールの気分に浸ってもらうってのも、洒落てるかもな」


 値段はヒデアキのひと月のお小遣いより高い。


「すごい高級紅茶だ……」


 ヒデアキがポカンと見ていると、


「これにするか。ぽちっ!」

「!」

「ついでに家用のも買っとこう。ぽちっ!」

「!!」


 口張りで効果音を出して、気軽にポチポチと購入手続きをする千景。


「千景くん、セレブだ」

「おー。こういう時のためのカネだぜ」


 小さな千景の姿が、ヒデアキには眩しく映った。

 彼は画面を見つめたまま、


「ナツミが前にぬい服を貰った時は、『材料費を払わせてください!』って大騒ぎしてた。結局断られて、カネじゃなくって、あのときは菓子を送ったんだ」


と思い出を語った。

 ヒデアキの頭の上にホワっとフキダシが出るみたいに、母の姿が思い浮かんだ。

 碧生も同じような顔をしていた。そのときのことを思い出しているのだ。

 千景はお子様2人に言い聞かせるように語る。


「自分ののついでって言ったって材料費が結構かかってる。技術料も相当だ。相応の礼をしねえとな。ホントは紅茶ひとつじゃ安すぎる。でも、相手が気をつかって活動しづらくなったら本末転倒だからな。逆に、対価がないと不満な人もいる。ネットは文字のやり取り以外に情報がすくねえから、本心を読むのが難しい」


 お礼が決まったところで、もう夜もいい時間である。

 ぬいたちは大切なぬい服を汚さないように、ケースに収納した。


「碧生くん、そろそろ寝落ちの時間だ。続きは明日にしよう」


とヒデアキが声をかけた。続き、というのはツイート用の写真の準備のことだ。

 碧生の眉間にニュッと皺が寄った。


「まだ眠くない。おれは、いっつも寝落ちしてるわけじゃないぞ」

「じゃあ僕、明日は早いから、もう寝ます!」


 力強く宣言するヒデアキ。

 明日は日曜日。

 サッカー部の練習試合にグラウンドを譲ったから、野球部は久しぶりに早朝練習。そのあとみんなでバッティングセンターでホームラン競争をすることになっている。引退した三年生も、予定が空いている人は来る。

 そしてマクドナルドに行くからお弁当は不要、と碧生に伝えてある。

 碧生は、


「おれは、夜活よるかつをする」


とヒデアキに負けじと力強く宣言した。


「何するの?」

「フルプロ」


 そうこう言ってるうちにシンタローが帰ってきた。

 ヒデアキとぬいが部屋から顔を覗かせる。


「おかえり」

「おー」


 シンタローは適当な返事をして、3人を見た。


「ぬい、今日もヒデアキの部屋で寝るのか」


と尋ねるので、


「うん」


と碧生が頷いた。


「いいもの貸してやるよ」


 シンタローが自分の部屋から持ち出したのはピラミッド型のビーズクッションだった。

 「人をダメにするソファ」の異名があるアレだ。ミニサイズだからソファと言うよりやっぱりクッションである。


「昔母さんに貰ったやつ。2個あるから1個、しばらく貸してやる。椅子で寝てるだろ」


 シンタローはそれを、友達が来た時用の椅子にしていた。ヒデアキも借りたことがある。

 高校生になってしばらくすると家に友達を連れてくることは滅多になくなって、自分が寄っかかる以外は使わなくなっていた。

 ちなみにヒデアキの部屋にも来客用クッションがあるが、低反発の丸っこいやつなのでぬいが寝るには不安定なのだった。

 ヒデアキのベッドの隣に置かれたクッションに、


「ほー。どれどれ」


 千景と碧生が揃ってピョーンと高いジャンプをして飛び乗って、背中からダイブするように倒れ込んだ。


「こ、これは!」


 千景がカッと目を見開いた。


「ぬいをダメにするソファだ……」


 目を細めてコロンコロンと寝返りを打っている。


「ここにぬい布団掛けたら最高だな……持ってこよう……あとで……」


 早速ダメになった。

 布団はすぐ傍の棚に置いてある。

 ヒデアキは千景にぬい布団を掛けてやった。


「うおぉぉ……ますますダメになってしまう……ネコの動画でも見るか……」


 リラックスを極めている。

 碧生も、


「ふわふわだ……」


とウットリしてクッションの虜になっていたが、ヒデアキが布団を掛けようとすると、


「フルプロしてから、ゆっくり寝る。運動は発明のタネだ」


と強い意志でピョコっと起き上がって、フルプロのXRブースでの夜活に向かって行った。


「ゲームしながら寝落ちすんなよ~」


と千景がダメになったまま見送った。

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