2.5-p03 ミニチュア缶を撃つぬい

 夕ごはんの後。

 風呂上がりのヒデアキを出迎えたのは、母の部屋から漏れ聞こえるぬいたちの声だ。


「……そしてこれが、発表されたばかりの新衣装だ」


と千景が母の祭壇の骨壺に語りかけている。手にしたぬい服を差し出すようにして。もちろん碧生も隣にいる。

 母が死んでからもうすぐ1ヶ月。四十九日を迎えるとこの骨もお墓に行ってしまうのだという。それはヒデアキの誕生日の1週間前だ。そのことを考えると絶望的に寂しくなる。

 だけどぬいが、生きている人間を相手にするみたいにして小さな服を見せている様子は心が和んだ。この2人だって寂しくて泣いていたのをヒデアキは知っている。

 2人が着ているのは見覚えのない浴衣だった。


「服、新しいの買ったの?」

 ヒデアキが部屋に入るとぬいたちは振り向いた。


「ヒデアキ。ちょうどいい所に来たな」


と千景。碧生も、


「夏の、七夕のイベントで着てた浴衣だ。すごい再現度だぞ」


 なんて言って嬉しそうにしている。

 そして、ヒデアキがそろそろ見慣れてきた例のイケメン2人のイラストを壁に投影した。


「柄がレコステの通りだ。布から作ったらしい」


 ぬいたちはイラストと同じようなポーズを決めた。

 2頭身だからどうしたって、「かっこいい」より「かわいい」印象になる。


「ほんとにイラストの通りだ」


 ヒデアキは素直に感心する。


「それで、どうしたの、そのぬい服」

「フォロワーが作って送ってくれた」


 千景が答え、碧生が、


「マリンっていう人だ。時々ぬい服の写真をアップしてる」


と補足した。

 確かに、ちょっと前に「ぬい服を送ります」とDMで言ってくれた人がいた。

「マリンさんって布作れるの?」


 ヒデアキの頭の中には「鶴の恩返し」みたいな機織りの絵面が思い浮かんでいた。


「手ぬぐいをプリントしてくれる業者がいる。そこを使ったらしい」


と碧生。DMのやりとりを、ヒデアキはなんとなく思い出す。


「そういえば、布が余ったので、って言ってたかも」

「別のキャラで、アロハシャツとか作ってる写真も見た」

「オリジナルグッズビジネスは拡大の一方だな」


 碧生の隣で千景が世の中を俯瞰するようなことを述べ、


「そしてこっちが、新衣装」


と手にした黒い布を掲げた。

 スーツのようだ。

 ヒデアキは首を傾げた。

 この前、お葬式の日に……


「その黒い服、この前着てなかった?」

「いや、違うスーツだぞ。よく見ろ」

「ん-???」


 ぬいがササっと着替えた姿をよく見てみたところ、


「あ。ネクタイがリボンになってる」

「他にも色々違うだろ」

「碧生君の服、びみょ~に青い」


 そう指摘されて碧生は「うん」と頷いた。


「まだあるぞ」


と千景。


「他はー……わかりません」


 ヒデアキがアッサリ降参したので、


「これだから、お子様は」


と千景がフッと笑った。


「シルエットが全然違うだろーが。これはな、カジノの戦闘服だ」

「あー、次のシナリオの衣装だ!」

「そう。」

「シナリオ読んでて時々思うんだけど、世界が滅亡するのにレコステの人たち呑気のんきすぎじゃない?」


 最初のイントロダクションを読む限りはシリアスなゲームだと思っていたのに、始めてみれば意外とコメディタッチのシーンの多いゲームだった。


「いや、滅亡するからヤケを起こした奴らに無茶振りされてんだろーが。今回だって滅亡回避するブツがかかってんだぞ」

「そうなんだ……大変だね」

「あ。これまだ秘密だから言うなよ。俺が裏ルートで入手した情報だからな」

「わかった」


 裏ルート、というのはおそらくハッキングというやつではないか、とヒデアキは疑っているが、別に犯罪ではなさそうなのでそれ以上特になにも言わなかった。


 千景が手を付きだしてカフスボタンを見せた。


「このボタン、イラストと一緒だろ」

「一緒、だっけ?」


 碧生もにゅっと手を出してボタンを見せるがヒデアキはピンとこない。

 発表された数枚のイラストの、そんな細かい所まで見ていなかった。


「元のは、これだぞ」


と碧生がスマホを操作して、元イラストの手元拡大図を壁に投影した。


「ほんとだ。こんな小さいボタン、あるんだ?」


 人間サイズではなく、ぬいサイズ。

 千景のは銀の星の形、碧生のはトルコ石みたいな色の同じく星の形の、ちょっと変わったデザインだ。

 モード寄りのモチーフが正装にも堂々と使えるのは、二次元キャラならではだろう。

 碧生が自分のカフスボタンをそっと撫でた。


「アクセサリーのパーツを改造したらしい。マリンさんのツイッターに解説があった」

「他のボタンも、数と色の揃え方が完璧だ。あと、腕時計な」


 千景が言い、ぬい2人が揃って袖をまくる。

 千景の腕にはシルバーブレスの時計が巻かれていた。

 碧生は黒のレザーベルトの時計。

 2人とも文字盤は黒。


「これは銀のビーズ。碧生のは本物のレザー。文字盤はレジン細工でできてる」


と千景の解説。


「さすがに動いてないが、改造しようかなー」


 なんだか嬉しそうだ。

 こういう小さい機械が好きなんだろうなあ、とヒデアキは感じた。


「あとなあ、ジャケット脱ぐとサスペンダーが付いてるのも、007みたいで良いだろ」

「なるほど。見えない所まで凝ってる」


 碧生が傍らの紙を引っ張り上げて、ヒデアキに差し出した。


「荷物に手紙が入ってたぞ」


 短いメッセージが書いてある。

 家族を気づかう言葉があり、最後にはこう〆られていた。


「新衣装がきたのでカッとして作りました。

 よかったらこれも、千景ぬいと碧生ぬいに着せてあげてください」


 ヒデアキはそれを声に出して読んで、極小スーツをまじまじと見つめた。

 小さいとは言えかなり複雑な構造だ。


「新衣装って、この前発表されたばっかりだよねえ」

「うん。すごい職人力だ」


と碧生は心から感嘆しているようだ。

 千景も、ぬい服職人に尊敬の念を抱いているようだ。


「ツイッターには時々、ガチの職人がいるからな。雑誌に特集組まれてるような人が、匿名で作品出してたりする」


 なかなか深遠なネットの世界。


「そういうわけだから、俺のSSRと碧生のSRは絶対ゲットしろよ。石買うカネは貸してやる」

「ソシャゲで借金は、やめとく」


 悪の誘いをヒデアキはきっぱり断った。


「シナリオ、僕まだ全然追いついてないんだよね。ネタバレはちょっとつまらないけど、カジノ気になるなー」


 毎日ちまちまと進めてはいるけど、「戦闘訓練」をこなさないと先の話が読めなかったりして、結構時間がかかる。

 ヒデアキがプレイしている章は日本の中の話だが、次なる新章は国境を越えてシンガポールに行くらしいという噂。

 そのシンガポールという地名も、公式が発表する前にイラストのちょっとした情報から特定班が割り出してネットに広まった。


「マリンさんに写真、送りたい。何かいい感じの小道具を探そう」


と碧生。


「トランプ作るか。ポーカー勝負だ。緑の布あったらカジノっぽいテーブル作れそうだな」


と千景も乗り気である。




***




 マジックで「千」と書かれた透明ケースが2つ。

「あお」と書かれた同様のケースが2つ。

 その中にずらっとぬい服が詰まっている。

 色違いもあるし、全く同じお揃いのものもあった。


「いっぱいある」


とヒデアキは驚いた。


「最近は100均でもぬい服売ってるからなあ」


 小さくて場所をとらないので無限に増え続けてしまうのだった。

 大事なぬい服を収納がてら、


「これ、高級タオルみたいで肌ざわりがいいぞ」


と碧生がモコモコした白いパーカーを出して羽織った。

 ネコミミと尻尾が付いている。

 ヒデアキはそれに見覚えがあった。

 「ネコの日」の写真で着ていた衣装だ。


「子ネコみたい」

「耳と尻尾が付いてるからな」


 きっと白虎のコンセプトに合わせているのだろう。


「触っていい?」

「べつに、いいぞ」


 手を伸ばして頭の辺りを掌でそっと撫でた。


「フワフワだ」

「だろ?」


 別の箱には小さい仕切りが付いていて、ミニチュアが収納されている。


「このへんはガチャガチャで手に入った」


 家具とか工具セットとか食器、自動販売機なんかもあった。


「これは実際使える。ぬいには小さかったけど、おもしろいぞ」


 ボタンを押すと缶が取り出し口に落ちてくる。

 千景が別のケースを開けた。


「これは銃」

「銃もいっぱいあるね」


 ゲームの中では千景が、この世ならざる能力を込めたさまざまな銃を使う設定だ。

 よくできたミニチュアの中にひとつだけ、手作り感のあるやや無骨な造形のハンドガンがあった。


「これは手作り。これだけは、消しゴムの切れっ端ぐらいなら撃てる。照準も正確だ」


 千景が引き金を引くと小さな弾が飛び出して、さっき自販機から出した缶に当たった。

 彼は自分の肘の辺りをクイクイと動かして、


「このぬい服、動きやすいな」


と満足そうだ。

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