episode2.5☆ぬいと、ていねいなくらし

2.5-p01 お風呂に入るぬい

REcordedレコーディッド Stellaステラ

 世界滅亡の予言の日が1年後に迫っていた、ある日。

 人々の不安をかてに勢力を伸ばしていた政治組織「絆党きずなとう」が、テロにより国家権力を掌握。

 彼らは世界各地から超自然的な能力を持つ者たちを集め、洗脳を行い人間兵器として戦闘に使役していた。


 対抗する旧政府の砦となったのは「ハネダ総合研究所」。

 「起きるはずのない現象」を対象に、長い間密かに独自の研究を進めていたのだ。

 絆党から逃れた能力者たちは、ハネダ総研に集い、戦いに身を投じる。


 最後の審判が迫る中、紡がれるのは悲劇か、それとも──



松神千景まつがみ ちかげ

 大学4年生。トーキョーの大学に通っていた。夏休みの間、ハネダ総研の関連機関で卒論のデータを採集しており、オオイタの家族のもとにいた。

 もともと霊感が強く、「召喚」の能力がある。

 能力の増幅装置を多数開発して仲間をサポートする。

 射撃部に所属していたので、競技用の銃やなぜか猟銃を所持する免許も持っている。


松神碧生まつがみ あおい

 千景の弟。強力な攻撃能力を持つ中学生。

 「絆党」に襲撃されるまで、その力は両親以外に知られることはなく、普通の子どもらしい生活を送っていた。

 トーキョーで生まれたが、親の転勤で数年間オオイタの温泉地で過ごした。

 さまざまな思惑に振り回されながらも、心の底では世界滅亡の回避を望んで戦っている。




 ……というのが、去年から「いし」の売上ダントツ一位をキープしているスマホゲームの「レコステ」。

 そしてそのキャラクターグッズとして出回っている、小さなマスコットサイズのぬいぐるみ。

 通称「ぬい」。

 ヒデアキの家にいる松神千景ぬいと松神碧生ぬいは、意志を持って動いて喋る、特異な個体である。




 ベランダで、千景ちかげぬいと碧生あおいぬいが洗面器の中で泡にまみれている。

 水を嫌う布製のぬいにしては珍しい姿だ。


「あー……いい湯加減」


千景ちかげが目を閉じた。

 碧生あおいもぽわっとした顔で、


「ホコリが消える感じがする……」


と呟いている。

 傍らには「ぬい専用シャンプー・リンス」のボトルがある。

 すぐ傍の物干しにシーツが干されて、洗面器はちょうど影になっている。

 晴れた休日の朝、ぬいのお風呂の時間だ。

 ヒデアキはカメラを構えてその姿を撮影していた。


「ヒデアキ。ぬいにかまけてないで、ニンゲンと遊んでこいよ」


と千景。

 最初にぬい撮りを手伝ってほしいと頼んだのはこっちではあるが、思いのほか律儀に付き合ってくれている。

 そのせいで友達と過ごす時間が減っているんじゃないか……ということが千景も碧生も気になってきていた。

 ぬいと親交を深めるより、ニンゲン同士の親交を深めた方が、将来を考えると圧倒的に良い。

 そんなぬいの心配はヒデアキは露知らず、


「部活、午後からだから。『やさしく押し洗い』って、僕がやった方がいい?」


 ぬいの快適なお風呂のために親切心を働かせていた。


「ん。じゃあ、頼もうかな」


 千景はトプン、と泡の中に沈んで行った。

 頭の先のぬい紐まで湯の中に消える。

 ヒデアキがその体を両手で包むように持って、泡の中でそっと押す。


「こんな感じ?」

「そんな感じ。あーこれ肩こりに効くわあ~」


 ぬるま湯の中から千景の声が聞こえてくる。


「肩、凝るんだ?」

「研究職の宿命だよな」


 風呂に癒されている千景を、碧生は肩まで湯に浸かった状態でパチパチと瞬きしながら見守っている。

 ヒデアキが何度かフニフニしていると、


「よし。マッサージはこれぐらいでいいだろ」


と千景から声がかかった。

 マッサージでなく「押し洗い」してたつもりなんだが。

 手を離すと彼は浮き上がって顔を覗かせた。

 ヒデアキは碧生に手を伸ばした。


「碧生君も」

「おれは、兄さんにやってもらうから、いい」


と碧生はびしっと手を前に出して断った。


「押されるの、あんまり好きじゃない」

「そっか、ごめん……」


 戸惑っているヒデアキに、碧生は澄ましたジト目のまま告げる。


「別に謝ることじゃないぞ。普通に触るぐらいだったら全然平気だ」


 泡の中に頭まで沈んで千景に軽く押し洗いされながら、


「水の中から泡を見るの、面白い」


と碧生。

 千景が碧生を洗いながら、


「そうだ、ヒデアキ。透明なビニール袋、持って来い」


 なんて言うので言いつけに従って、ヒデアキは台所からビニール袋を持ってきた。


「録画モードにしたスマホをビニールに入れて、水が入らないようにしっかり縛る。水の中に入れて撮影する」


 2人のぬいとヒデアキのスマホは、しばらく静かに一緒に沈んで空を眺めていた。

 洗濯ものがパタパタとはためいて洗剤のいい匂いがする。

 しばらくすると千景はスマホを引き上げてヒデアキに渡した。


「再生してみろ。ぬい視点だ」


 虹色の泡が画面をぎり、水を通してゆらめく青空の光、雲、ゆっくり揺れる青いストライプのシーツ。鳥が二匹じゃれるような動きで、遥か天高くに円を描いて飛び去って行った。


「わー! きれいなの撮れた」

「だろ? 前に露天風呂したとき、結構良かったんだよ。そろそろ ”すすぎ” だ。風呂場に戻るぞ」

「うん」


 洗面器を持ってヒデアキは風呂場に移動。

 ぬるま湯を何度か入れ替えてよーくすすいで洗剤を落とし、タオルでぬいみずから自分の体を拭いて脱水。

 その後は、あらかじめベランダにセッティングしておいたハンモックに、千景と碧生はそれぞれ寝っ転がった。

 シーツやバスタオルを干したので、人目も気にならないいい感じの日影だ。

 風が通る場所で、体が乾くまでのんびり過ごす。

 アヤトもやってきて、


「いいねえ。可愛いねえ」


と写真を撮る。


「アヤト。〆切には間に合いそうなのか?」


と千景が尋ねた。

 フリーランスはシビアな世界。

 心がしおれていても、もう紙面に穴をあけるわけにはいかない。


「うーん……ギリだね」

「ずっと書いてたじゃねえか」

「あれは、仕事のじゃないから」

「緊張感ねえなあ」


と千景が呆れている。


「色々落ち着いたら、あれを出版するかどうか考える」


と言ってアヤトは部屋に戻って行った。

 きっと母の──ナツミの話を書いているんだろうなあと、ヒデアキと千景と碧生は揃って同じことを思った。

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