2-p05 エコバッグに潜むぬい

 次の日。

 部活もクラスも最寄り駅も一緒のコーイチローが、学校帰りに訪ねてきた。来週から授業で必要な配布物を届けに来てくれたのだった。部活の後だから19時を過ぎている。


「コーちゃん、ありがとー」


 ありがたく拝受するヒデアキに、


「ちゃん、ってゆーなって言ったろ」


とコーイチローは少し不満そうだ。小学校からの付き合いだから、急に呼び方を大人っぽくするのは難しい。


「そうだった。コウ。なんか、芸能人っぽい」

「だろ。こっちが真の名前だったのかもしれない。tiktokの名前、コウにした」

「『千とチヒロ』みたいだ」

「贅沢な名だね。今からお前の名前はコウだ」


 コーイチローは自ら、有名な映画のワンシーンを真似た。


「上がってかない?」


とヒデアキは誘ったけどコーイチローは、


「いや、ダッシュで家帰って飯食う」


とのこと。

 紫藤しとう家の状態はというと、夕食がほぼ出来上がりでシンタロー待ちだ。


「じゃあ僕、一緒に降りて一瞬だけ買い物行く。牛乳なくなった。お父さんにお金もらってくる」


 玄関から消えるヒデアキの背中にコーイチローが呼びかける。


「なんか忙しそうだな」

「そんなことない。学校行ってる方が忙しい」






 自分の部屋の椅子に置いたエコバッグに、財布が入っている。

 持ち上げると予想外の重量感があった。

 中を覗くと、ぬい兄弟までちゃっかり入っていた。


「え? どうしたの? 隠れて脅かす的なやつ?」


 ヒデアキが尋ねると、


「いや、スーパー行くんだろ」


千景ちかげ碧生あおいも揃ってエコバッグの中からヒデアキを見上げている。

 一緒に連れて行け、ということらしい。自分たちだけでは行きにくいから、隙あらば同行しようとする。


「……来てもいいけど、袋の外に顔出さないでよ」

「ちょっっとだけ、穴開けていいか。覗き穴用に」

「破るのはダメ」

「破るってほどじゃない。この生地は薄いから、針の先で小さな穴をいくつか開けるだけで外が結構見えるんだ」

「ちょっっっとだけだよ?」



***




 そんなこんなあって、無事に牛乳をゲットして、「レコステ」のパッケージのお菓子があったのでお供え用にそれもゲットして家に帰った。


「ヒデアキ! またDMがきた」


とエコバッグの中から碧生が呼んで、千景と揃ってピョコっと顔を出した。

 牛乳を冷蔵庫に収め、ダイニングで碧生と一緒にスマホを開く。

 今日来たDMにも鍵アカのことが書かれている。「先日鍵アカにもお送りしたのですが、うまく届かなかったかもしれないので、こちらに再送します」との前置きだ。

 そのあと、一昨日昨日と同じように「アンソロ」のマンガへの褒め言葉が続いた。

 しかし終盤は少し様子が違った。


「さぎょいぷでご希望いただいた本、キープしてます。

ご住所教えていただけたらお送りしますよ✉タイミングあえば手渡しもできます。

全然急ぎではないので、お時間あるときによろしくお願いいたします」


 ヒデアキはもう一度全体を読み返し、眉をひそめた。


「今日は返信不要って書いてない」

「住所を知りたいって。返信は必要だろ」

「住所は、お父さんに聞いてからにしよう。さぎょいぷって何?」

「リモート会議みたいな感じのやつだ。ナツミがやってるのを見たことがある。リモートで雑談しながら一緒に作業する。ずっと黙ってた時もあったな。サボらないか監視し合った方がはかどるらしい」

「リモート会議ね。仕事で知り合いなのかな」

「この『佐藤かすてら』っていう人、プロのマンガ家みたいに上手いぞ。それにこの人、のは……」


 そこまで言ってふいに碧生が黙った。


「碧生くん?」


 ヒデアキが呼びかけると、瞼がウトウトと閉じかかって体が不安定に揺れている。

 そしてパタリと倒れた。


「あ。寝た」


というヒデアキの声だけが虚しく響いた。



***




 碧生は朝早い分、いつも夜結構早く寝てしまう。

 ぬい布団に入れてやってから、


「そうだ、高瀬先生に相談してみよう」


と独りちてヒデアキは再びツイッターを開いた。

 ダイレクトメッセージの画面を開いて「モブモブ」さんのアイコンをタップする。

 この前カフェに行ったときの、先生からのメッセージが最後に表示されている。

 考えながらメッセージを入力した。


「2年2組の紫藤です。

忌引きびきで休んでいるのですが、ご相談があります。

母のツイッターに、鍵アカの話と、アンソロの話がDMで来ています。その中に、本を送りたいから住所を知りたいというメッセージもありました。

母はあまり返信を返さない主義だったみたいですが、自分からお願いしたことを無視するのはさすがに失礼なので何か返事を書かなければと考えています。

それに、仲がよかった人とはさぎょいぷなどで話をしていたみたいです。なので感想をくれた人にお礼を全く言わないのも変かと思いました。

でも鍵アカの中身が見られなくて、アンソロという本も見つからなくて読んでいないので、返事に変なことを書いたりしたら、相手を怒らせてしまうかもしれないので迷っています。

どういう返事がいいか、わかる範囲でアドバイスをいただくことはできないでしょうか。」



***



 返信があったのは真夜中を過ぎてからだった。





「こんばんは。色々と大変な中、体調を崩したりはしていないですか?

DMの返信で困っているようなので、先生としてではなくチハルさんのオタク仲間としてひとつ提案があります。

DMの返信やツイートで、正直に今の状況を伝えるというのはどうでしょうか。

感想を送っている人たちは、それがチハルさんだけに届くと思って送信しています。(最近のツイートで少し様子が変わったと感じている人もいるかもしれませんが…。)個人宛のメッセージを他の人に読まれるのは、恥ずかしくて嫌だという人も多いです。

お母さんと仲のよかった人はみんな思いやりのある大人なので、丁寧に伝えれば今なら悪い風に受け取ることはないと思いますよ。時間がたてばたつほど言いにくくなって、気まずくなってしまうかもしれません。

お母さんの意向で今の代行ツイートの形になっているのかもしれませんので、その場合は私が口を挟んではいけないと考えもしました。どうするのが絶対正しい、というのはないですよね。

私の案は伝えましたが、こうしなさいと指導しているわけではありません。天国のお母さんやご家族が、紫藤君のことを心配せずに、皆心安らかに過ごせる道を、紫藤君自身が検討して選ぶのが一番良いです。

把握しきれない事柄もあるので、ずるい言い方だと受け取られたらごめんなさい。私なりに考えて正直な気持ちを書きました。

色々な可能性を検討した上で、チハルさんとして返事を書きたいということであれば、トラブルにならない言い方を一緒に考えます。改めて連絡をください。

携帯 080-XXXX-XXXX

学校に来た時に相談してくれても大丈夫です。

他にも何かあれば、一人で考え込まずに声をかけてください。」





***




 その文章のあとには、画像が追加で送られてきた。

 「お母さんのマンガです」と短い説明の言葉が添えられて。

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