2-p02 ねこちゃんパンをカスタマイズするぬい

 その夜。

 皿の上に置かれた食パンは断面がネコの顔の形になっている。最近人気の「ねこちゃんパン」である。タマコさんたちが差し入れてくれたものの中に入っていた。

 碧生あおいが自分の背丈ぐらいあるスプーンを操って、作りたてのミルククリームをパンの上に塗り広げる。黒い服は脱いで、いつものお料理用のレインコートを着ていた。

 その様子を横目に見ながら、千景ちかげがスマホの画像を壁に投影してヒデアキにこういう話をした。


「レコステ世界の中での松神千景と碧生は、2人の魔力の合わせ技で ”白虎びゃっこ” っていう虎の化け物を召喚できる。かなりの攻撃力だ」


 壁には一枚のイラストが現れている。白虎とおぼしき虎。それけしかけるようなポーズのキラキライケメン2人。千景ぬいと碧生ぬいの「原型」の姿だった。

 白虎、というのはヒデアキも聞き覚えがある。ファンタジー系のゲームや漫画によく出てくる、白い虎の姿をした神獣だ。どの話でも高い能力を持つ強キャラだった。

 千景が続けて言うには、


「俺たちぬいはサイズダウンしているから、白虎の赤んぼが取り憑いたネコを召喚する」

「じゃあさっきのは、白虎の赤ちゃん?」

「いや、白虎のアカチャンの霊が取り憑いた近所の普通のネコだ」


 ヒデアキの頭の中に簡単な模式図が展開していく。

 白虎。

 …が小さくなった赤ちゃん。

 …が半透明になって霊体となる。

 それがマンションの一室の飼いネコチャンに憑依。

 コッソリと家を脱走し、千景と碧生の待つ屋上へ……


「設定を活かすのも工夫が必要なんだねえ」

「ヒデアキ、俺がテキトー言ってると思ってんだろ」

「いやいや……。ネコを呼べるのだけでも充分、特殊能力」


 ふと思い出したのは、コラボカフェに行ったとき高瀬先生が「ネコミミお帽子!!!!」と異常に興奮していた姿だった。


「それでカフェ行く時、ネコミミの帽子だったんだ。……あれ? ネコじゃなくって、白虎だから虎のミミか」

「まあ、似たようなもんだろ」


 千景がスマホをタップして壁の画像が切り替わった。

 白い子ネコを片手で雑に抱えている千景原型の姿。


「これが、俺が家の前で拾って飼ってた……っていう設定の白虎の子どもだ。名前は“わたあめ”」

「わたあめ」


 意外なユルさに思わず独り言のように呟いてしまう。

 そして訂正。子ネコじゃなくって神獣のアカチャンだった。


「人間界を彷徨っていたわたあめを俺が拾って面倒を見てた。そんで親が恩義を感じて召喚に応えるようになった……っていうストーリーがある」

「白虎って何食べるの?」

「鮭缶とか、かつぶしゴハン」

「ネコみたい」

「ああ。ネコだと思ってた」


 2人の話を聞きながら、碧生はねこちゃんパンにミルククリームを塗り終わっていた。

 そして湯に浸けていたチョコペンを手に取ると、端っこを切ってねこちゃんパンに模様を描き始めた。

 チョコペンはビニール袋の端っこを切って作った即席のものだ。チョコは飛行機の箱の中に入っていたもの。暑い場所に置いていて結局柔らかくなってしまった。残りは冷蔵庫に入れている。

 白いクリームの上に碧生が描いているのは虎の模様。

 チョコペンも碧生の体の半分ぐらいの大きさはあった。それを空飛ぶタオルで低空飛行しながら真剣な表情で操っている。


「碧生くん、手伝うよ」

「大丈夫だ。もうちょっと自分で描く」


 ちょっとヨロヨロしながらだけど、少しずつ虎のような顔ができあがっていく。

 ジト目で、千景や碧生の顔にちょっと似ている。


「できた」


 碧生が空飛ぶタオルに乗って上昇し、出来ばえを見下ろした。


「目はやっぱり青い方がいいな。わたあめらしくなる」

「青いゼリーとか乗せたら、きれいかも」

「いいアイデアだ。明日……買い物行く予定、あるか?」


 碧生は期待の眼差しでヒデアキを見る。

 ぬいだけで買い物、というのはできないわけじゃないが、後々のことを考えるとやはりリスキーなので自粛しているのだ。


「スーパー行って探してみる」


とヒデアキは承諾した。


「でも今日のも結構うまくできてる。ちょっと歪んでるけどな」


と千景の評。碧生の、


「ナツミに持って行こう」


という呼びかけに応えてヒデアキは皿を持って、ぬいたちと一緒に母の部屋に向かった。

 扉は開けっ放しで父がノートパソコンに向かって書き物をしていた。


「お邪魔します」


と言ってから、ぬいたちと祭壇の前に座った。


「ナツミ。ねこちゃんパンをわたあめにしたぞ」


と碧生。当たり前だが応答はない。

 代わりに父がヒデアキたちの方を見た。


「それ、碧ちゃんが描いたの?」

「うん」

「上手だねえ~」


 小さくて可愛いもの大好きな父は、タッくんを前にしたときと同じ反応をしている。


「お父さん、何か手伝う?」


とヒデアキが申し出たけど、


「とりあえず大丈夫」


 とのこと。千景が、


「俺もちょっと考え事するかな」


と空飛ぶタオルに乗って、棚の上の自分のスペースに入って行った。






 ヒデアキと碧生はダイニングに戻った。


「そうそう。“わたあめ” で思い出した。お母さんのツイッターに “わたあめ” っていうののリンクがあって……」


 チハルのプロフィール欄の最後にある「飴→」の文字。その右側にURLが密やかに存在していた。

 タップすると「わたあめ」という文字が大きく書かれたシンプルなサイトに飛んだ。

 見る限り、レコステのゲームとは関係なさそうだ。

 碧生はそのサイトを知っていたようで、


「これ、匿名のメッセージを受け取れるやつだぞ」


と画面に手を伸ばした。


「ログインしてみよう」

「見ていいのかな?」

「見た方がいい。質問とかきてたら返事する」


 「ツイッターでログイン」を押して「わたあめ」のチハルの情報を見る。

 更新された画面の中、「受信箱」の文字に引っかかるようにして小さく「1」と数字が出ている。


「なにか届いてる」


と呟いてヒデアキは受信箱を開いた。

 最新のメッセージにはこんな文面が書かれてある。


「アンソロ拝読しました~。あちらのアカに飴がなかったのでこちらで。子育てする兄弟めっちゃ可愛かったです。究極の癒し…。私もあおちゃんにミルクとかお子様ランチとか作ってほしい人生でした。チカはなんだかんだ言って面倒見いいですね。武器作るより育児用品の会社起業して富豪になって世界を平和に導いてほしいです。研究所の描写が妙にリアルでおもしろかったです笑 他の子たちもいっぱい出てきてちょっかい出していくのめっちゃ好きです♡チハルさんはオンリーはサークル参加はされないんでしょうか?紙媒体にまとめていただけたら絶対買います!!!!ご迷惑だったらすみません。いつも可愛い兄弟を見せていただきありがとうございます。へんふよです」


 ヒデアキと碧生は同時に読み終わって、顔を見合わせた。


「「『あちら』のアカ?」」

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