p11 9月のぬい
【9月2日】
家が花だらけになった。昨日お葬式が終わったから。遠方で来られなかった人の多くが花を送ってきた。
時間が止まったような午前中に、警察が訪ねて来たのでみんな仕方なく動き出した。母宛に通販の小包が届いていたとかで、それを届けにきた。当初は爆発事故には事件性が疑われていたから、中身を調べるために開けてしまったという。その結果、問題にするようなものは入っていなかったし、今はもう事故はただの事故と判断されたから、あとは好きにしていいということだった。
父が受け取った透明の保護袋の中には飛行機の形の箱が入っていた。空港でいつも買ってくれた、ヒデアキが一番好きなお菓子だ。
「これは、ヒデくんのだろ」
と父に手渡されてヒデアキは飛行機の形の紙箱を見た。
この箱は色や模様にいくつか種類がある。空き箱をいくつか部屋に飾っている。これは初めて見るデザインの飛行機だった。いつも貰うのはお土産で……
「なんでわざわざ通販したんだろう?」
ヒデアキの疑問にはシンタローが答えた。
「機嫌とろうとしたんじゃねーの? ヒデアキが旅行のことでちょっと機嫌悪かったから。オレよく母さんにコンソメポテチで釣られてた」
「…………いらないって言ったのに」
誰にも聞こえないように呟く。
──お菓子はいらないから、早く帰ってきて。
そう伝えたのだ、毎晩。
なのに……
急に悲しくなってヒデアキは箱を見ないようにした。
爆発事故の日から1週間以上たっていた。
昨日のお葬式はなんだか朦朧としたような中で過ぎて行った。
寺でのできごとをヒデアキは回想する。
「ご遺体」の入った棺はなく、先に火葬して骨壺を祭壇に据えての骨葬だった。母の頭部の他に腕も発見されたので一緒に焼かれ乾いた白骨になった。今は母の部屋で小さな祭壇の骨壺に収まっている。
お寺にはあまり会ったことのない親戚や、初めて会う会社の人がたくさん来た。
担任の江崎先生や野球部の同級生も来た。
それから、高瀬先生も。結局「チハル」とはネットでしか話をしないままだった。先生はすごく泣いていた。
そのあと家に帰って、母の部屋で家族で色々話をしているうちに寝てしまって、朝目が覚めたら場所は変わってなかったけどクッションと枕とタオルケットがセッティングされていた。
父も同じようにして祭壇の前で眠っていた。
シンタローは同じ部屋で小さく擦るような音でギターを弾いていた。夢の中でふわふわ鳴っていた綺麗な音はこれだったみたいだ。
バンドではベース担当だけど彼が音楽を始めるきっかけになったのはギターだし、結構上手い。
「シンくん」
と呼んだら音が止まった。
「ずっと弾いてたの?」
「いや、結構寝た」
そう言って野球ゲーム「フルプロ」のオープニングの賑やかな曲を弾き始めた。
棚のぬい布団に座っていた
「レコステってテーマソングあったよなあ」
とシンタロー。
「ある。♪ほしの〜ひかり~とどかないばしょ~に、さいたゆめのはな〜♪」
碧生が生真面目に歌っていて、シンタローは即興で伴奏を奏でていた。
父は目を覚まさなかった。夢の中で、母と話しているのかもしれない。
ぬいたちは一昨日からもう映えフードを作らなかった。
でも、午前中鬱々としている家族のところに小さめの俵型にしたフリカケおにぎりを持ってきてくれた。
差し出されたおにぎりを見て、
「ボールのが食べたい」
自分の口が勝手にそんな注文をつけたからヒデアキはびっくりした。
「そっちの方がいいなら、そうする。ちょっと時間かかるから、それ食って待ってろ」
千景がそう言って、ぬいたちはお鍋でご飯を炊いてボールのおにぎりも作ってくれた。
午後になると父はメールやお供えに付いていた手紙を読んで、少しずつ返事を書き始めた。
母には国内外に研究仲間が多い。結構時間がかかりそうだ。
ヒデアキが、
「なにか手伝う」
と申し出たら、
「じゃあお香典返しのリスト、作ってもらっていい?」
ということだったので、千景と碧生も一緒になって封筒を整理して、途中でシンタローも加わってエクセルでリストを作った。
夕方になるとシンタローはリビングのソファで寝てしまった。仕事は流石に休んでいた。
母の部屋に入りきらなかった花が廊下に並んでいる。
花屋であつらえられたプラスチックの花器の中、花たちの首はあちこちを向いて、部屋の中にあるものはエアコンの緩やかな風に吹かれて花弁を震わせている。
花だって生きていたのになあ、なんてヒデアキは考える。
生きて元気に咲いていたのに、こうして切られて部屋に閉じ込められて死を迎えようとしている。もう助けてあげられない。
気が滅入る。
母の代わりに帰ってきた飛行機のお菓子。もう一度手に取る。
空に溶けてしまいそうな空色をしている。
裏側の白いラベルにこんなことが書いていた。
商品名:Flight(Stella)
名称:キャンディー、チョコレート
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