p03 パフェを作るぬい



 冷蔵庫に入っているのは、存在感のあるメロンの他には桃が2つ、キウイ、オレンジ、バナナ、皮ごと食べられるブドウ。碧生あおいの言うとおりホイップ用のクリームがちょうど賞味期限が切れそうだった。

 必要な食材を並べて揃え、手際良く包丁を使うヒデアキを見て碧生あおいが、


「上手いな」


と感心している。


「好き嫌い多かったからねー。自分で作れば嫌いなもの入らないから、ラク」

「おれも料理するの、結構好きだぞ」


という碧生あおいは抜き型でせっせとメロンを星形にくり抜いている。レインコートを着てビニールの手袋をして、ゴーグルまで付けて完全防備。果汁が飛んでくるのを防いでいる。その姿が既にツイッターえのような感じもした。


「パフェ作るってことは、料理好きなのかもって思った」


 ヒデアキは少し嬉しくなっていた。今まで料理仲間はいなかったから。

 千景ちかげはそこまで興味がないようで、白衣を着て空飛ぶタオルで泡立て器を操ってホイップクリームを作ってしまうと、あとは棚や冷蔵庫を物色したりして適当に過ごしていた。今作っているメニューはホイップが肝になっているという意味では相応の功労者である。

 ニンゲンとぬいでわいわい言いながらパフェとサンドイッチが完成した。

 ぬいたちが食パンの端を押さえ、ヒデアキがその間を慎重に切る。

 断面に可愛い花の姿が現れた。メロンとキウイで茎と葉っぱを作り、オレンジとバナナとぶどうが花びらの部分。有名店のものみたいには洗練されていないが、思い付きにしては上手くいった。

 じゃあ写真を……と言いかけ、ヒデアキは、


「そうだ」


と大事なことを思い出した。


「服。なにか良いのある? カフェっぽい服」


 碧生あおいのレインコートは面白くて可愛いけど、今から撮ろうとする写真には合わない。


「ぬい服か? ナツミが色々持ってる」


 留守のところ悪いけど母の部屋を物色させてもらった。


「って言っても僕、服のことよくわかんないんだよなあ」

「……おれも」


 碧生あおいもハテナマークを浮かべている。汚れとか濡れを防ぐ目的以外は、いつも一方的に着せられていただけで自分で選んでいたわけではないのだった。


「カフェっぽいって言うなら、これだろ」


 千景ちかげがわかりきったように引っ張り出したものがある。

 ギャルソンスタイルのぬい服。確かに、カフェっぽい。

 ぬいたちはそれをチャチャっと着て、キッチンでヒデアキが自分のスマホで写真を撮影した。

 こうして全力の演出で撮られた写真だが、ここで満足して投稿してはいけない。最後にアプリで色を調節して全体的に明るく、フルーツサンドの断面の花やパフェの星型のフルーツが一目でわかるようにコントラストや彩度を試行錯誤する。

 こうして母が撮ったようなていでツイッターに投稿した写真に、すぐに「いいね」が付いた。その数は粛々と増えていく。


「おお……!」


 碧生あおいが静かに感動している。


「やっぱり」


 自分の推測が正しかったのでヒデアキはほっとした。


「ツイッターの人たち、2人のこと見てたんでしょ。だから2人がいないと意味ないんだ」

「おれたちのこと?」


 碧生あおいは表情を変えないまま「きょとん」と書き文字が出そうな仕草をした。


「ナツミは、料理とか菓子とかぬい服の写真を見せてるんだと思ってた」

「っていうか、おまえ写真うまいな」


 千景ちかげが自分のスマホで、ヒデアキがアップした写真を見ながら褒めてくれた。


「えー? 普通だよ? スマホのカメラだし」

「なんか、キラキラしてる」


碧生あおい。褒められて悪い気はしない。

 千景が、


「よし。いいねも稼げそうだし、お前、フルーツ食え」


 突然そんなことを命じて、碧生あおいがフォークにメロンを刺してヒデアキの口元に押し込んだ。


「ほへ」


 不意打ちを受けて変な声が出た。


「食え」


碧生あおいも言って星型のメロンをもう1個運んでくる。


「一緒に作ったんだし、一緒に食べよう」


とヒデアキ。


「いや、俺たちが食えるわけないだろ。ぬいだぞ」


千景ちかげ


「えっ、料理好きって言ったのに」


 ショックを受けているヒデアキに、


「そういう設定だ」


碧生あおいが涼しい顔で告げた。


「設定?」

「でもちょっとぐらいなら、酔っぱらわねえか。メロンは嫌いじゃねえんだよ」


 千景の手にはいつの間にか小さいフォークが握られていた。

 星型のメロンの端を更に小さく切り取って、口に放り込む。


「うまい。碧生もちょっと食ってみろ」


 メロンひとかけらが刺さった小さいフォークを千景が碧生に渡した。

 碧生は小さな口を大きく開けてメロンをパクッと食べた。

 そしてぶっきらぼうに、


「うまい」


と感想を述べた。


「メロンで酔っぱらっちゃうの? 消化とかできるの?」


 尋ねているそばから、ヒデアキは次にバナナを口に放り込まれた。


「うまい物ちょっとなら、俺たちの機嫌が良くなるだけで終わる。食いすぎるとエネルギーが暴走して、人間が酔っぱらったみたいになって無意味に皿を破壊したりする。まあどうせ、デフォルトでは食事なんて必要ねえ体だよ」

「暴れる……」


 ヒデアキは目の前の小さいぬいぐるみが粗暴になって皿に狼藉をはたらく姿をイメージ……しようとしたけどうまくできなかった。


「そういうわけだから、お前がいっぱい食えよ。食いながら聞け」


 千景ちかげの手元から強い光が放たれた。小さなスマホのプロジェクター機能で、あるサイトが白い壁に投影された。


「れこーでぃっどすてら、というスマホゲーム。これが俺たちの原作だ」


 ❝REcorded Stella❞

 ロゴが壁に現れていた。ヒデアキにとっては馴染みの深いロゴだった。


「これ知ってる。お母さんがやってるやつ」

「これが俺の原型、松神まつがみ千景ちかげ


 千景ちかげがスマホを操作して、壁に現れたのはキラキラしたイラストの白衣を着ているイケメンの立ち絵だった。


「そしてこれが碧生あおいの原型、松神まつがみ碧生あおい


 絵柄が切り替わって制服姿の少年のイラストになる。言われてみるとどちらもそれぞれ、千景ちかげぬいと碧生あおいぬいによく似ている。


「他にもゾロゾロいるが、これだけ覚えておけばいい」


 自分たち以外はバッサリ省略である。

 千景ちかげはキャラクター紹介のページをスクロールさせた。彼の言う通り相当の数のイケメンが登場人物になっているようだった。


「そしてこれは、池袋のデパートに期間限定でできてる、レコステのコラボカフェだ」

「あー、最近色々やってるよね、コラボカフェ」

「ここに明日、ナツミは予約を入れている。俺たちを連れていけ」


 流れるようにサラッと命令されてヒデアキは首を傾げた。


「……ん? 僕が?」

「ああ。お前が」


 ぬいぐるみたちは至極マジメな態度でヒデアキを見詰めていた。


「カフェの予約って、誰かと会うんでしょ」

「フォロワーに会って、メシと甘いものを食う」

「僕が行ったら、変」

「でもお前じゃないと入れないぞ。おれたちはぬいだからな」


千景ちかげがなぜかふんぞり返って告げた。


「……そだね」

「ナツミの代わりに予約特典をもらってきたい。明日行かないと一生手に入らない貴重なブツだ。限定グッズも買えるし、3000円以上でポスターが貰える。期間中先着だ。ぬい撮りスポットもあっておれたちの家が再現されてる。この機会を逃すと次は何年も後……いや、もう二度とないかもしれない。おまえの力が必要なんだ。頼む……!」


 碧生あおいに真摯な様子でお願いされるとヒデアキは断りづらかった。


「でも、知らない人に会うのはちょっと……一人ならいいけど」

「ヒデアキは知らなくないぞ。明日会う❝モブモブ❞の正体はお前の学校にいる教員だ」


 千景ちかげがちょっと気になることを言う。


「先生? 誰?」

「国語の……おっと。これ以上はヒミツだ。知りたかったら来い」

「うーん……知ってる先生ならまあ、いいか」


 国語にはそんなに嫌いな先生はいない。ゲームのコラボカフェに来そう、という条件付きだと大体予想は絞られた。

 碧生あおいからヒデアキのスマホにURLが送られてきた。開くとグッズリストが表示される。


「ナツミがいっつも買うのは、アクスタと、クリアファイルと、ポーチと、マグカップも折角だから買っておこう。クッションはどうする? 持って帰るにはでかいよな」

「う……結構高い……銀行で補給しないと足りないかも」


 難しい顔をしているヒデアキに、


「別にお前が払うこたーないぞ。カネならある」


千景ちかげが銀行のアプリを開いて見せた。中学生の貯金とは桁違いである。


「うわっ! これ、お母さんのお金?」

「いや、俺が特許で稼いだ」

「使えるの?」

「当たり前だろ」



***



「♪ほしの〜ひかり~とどかないばしょ~に♪」


 千景ちかげが鼻歌を歌いながら機械を弄っている。


「♪さいたゆめのはな〜♪」


 碧生あおいもマネして歌いながら、金属板やネジを渡して手伝っている。


「何してるの?」

「シンタローがヘッドホン壊したからな。直してやる」

「へ? 二人はシンくんとは、話してるの?」

「いや。時々、壊したもん直してやってるだけ」


 最近はBluetoothのヘッドホンが主流だが、シンタローは「有線の方が音がいい」と言ってこだわりのものを使っていた。

 小さな手袋をした手で大きな工具を器用に操って、ぬいたちはヘッドホンの修理を終えた。


「聞いてみろ」


 ヒデアキはヘッドホンをダイニングに持って行ってプラグをテレビのヘッドホンマークの穴に入れた。音が流れてきた。


「聞こえる」

「じゃ、修理完了」


 そんなことをやっていると玄関で物音がした。シンタローが帰ってきたのだ。

 ぬいたちはあたりを見回すと、二人並んで椅子の上に飛び乗って転がってスンッと動かなくなった。

 同時にシンタローが現れた。


「あれ? ヒデアキ、何してんだ?」

「あ、いや……えっと」

「それ、壊れてね?」

「直った……と思う」

「まじで」


 シンタローがヘッドホンを装着した。


「へー。すげーな。母さんに習った?」

「……うん。そうだ、シンくん。フルーツサンド作ったら余った。食べる?」



***



 寝る前にベッドでゴロゴロしながらヒデアキは改めて、母のツイッターを見た。

 碧生が欲しがっていた❝いいね❞やリツイートの数がさっきより増えていた。ぼんやり眺めているうちにもまたひとつ、ハートマークの横の数字が増える。知らない人が知らない場所で、写真を見てきっと少し嬉しい気持ちになっている。がんばって撮った甲斐があったなあ、なんて考えたりもした。

 ぬいたちはそれを「ナツミのツイッター」と呼んでいた。でもツイッターの名前は「チハル」。

 母がそんなことをしていたなんてヒデアキは知らなかった。千景ちかげ碧生あおいは被写体になっていたから知ってて、ずっと傍で見守っていたんだろう。

 「チハル」のツイートを一番最初まで遡るとヒデアキが小学生の頃、夏休みの自由研究で毎日早起きして作ったお弁当の写真が全部載っていた。

 お母さんが怖い思いや痛い思いをしていませんように。

 出張に行くときはいつも言ってた。

 「ご機嫌よくしててね。お土産買ってくるから。ヒデくんの好きな飛行機のお菓子だよ」

 早く帰ってこないかなあ……

 胸の辺りがぎゅっと締め付けられるように苦しくなって、ヒデアキはスマホの画面をオフにした。

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