p02 喋りだしたぬい
【8月28日】
そもそもの始まりはこの日。ヒデアキが小さなぬいぐるみたちと初めて言葉を交わした日。
残暑と言うには相当に暑くて、蝉の声もまだまだ夏の盛りのようだった。
静かな家。
家族LINEが鳴った。外出している父からで、その後は兄から。メンバーは4人いるのにここ数日3人しか喋らない。
最後にお母さんに言ったことば。
「僕もう子供じゃないから。一人で待ってるから、いいよ」
夏休みの間に家族旅行に行くことになっていた。でもヒデアキの部活の試合とどうしてもスケジュールの折り合いが付かないままだった。1日ぐらい休みなよ、なんて軽く言われてちょっとイラッとしてた。
今はただ後悔してる。
一人で待ってるなんて全然よくなかった。ほんとは一緒に旅行、行きたかった。
LINEの中から父と兄がゴハンを食べられたか尋ねている。兄のはキモカワのスタンプ1個だったけど。
返事をして、とりあえずオレンジぐらい切ってみようかなあと考えた。冷蔵庫にはお見舞いのフルーツが入っている。部活の顧問の先生と友達が届けてくれた、ちょっと高級なやつ。桃はお母さんが好きだから、帰ってくるまでとっておこう。
そこまで考えて、でもなんとなく立ち上がるのもダルくてキッチンでボンヤリしていると、
「なあ」
と声をかけられた。
「フルーツ、ちょっと使っていいか?」
「……え?」
「
声の主をヒデアキは唖然と見下ろした。
テーブルの上でぬいぐるみが2つ並んでヒデアキを見上げている。
それはお母さんの部屋にあった、手のひらに乗るサイズの小さいぬいぐるみ、というのはなんとなく覚えている。
喋ってる。日本語を、ぬいぐるみが?
黒髪にグレーの服のぬいぐるみと、それより一回り小さい青い髪に青い服のぬいぐるみ。2頭身でジト目というのが共通した特徴だった。
不思議な姿に手を伸ばすと、
「気安く触るんじゃねえ」
「痛っ!」
袋入りのアメが投げつけられ、顔に当たった。それも2つ立て続けに。赤ちゃんみたいな顔して意外と好戦的だ。
「俺の名前は
ずっと喋っていた方のぬいぐるみ「
「おれは
「ぬい」
とヒデアキが反芻する。
「ぬいぐるみのぬい、だ」
「えーっと……もしかして、お母さんが作った」
「そうかもしれないが、そんな感じでもなかったな」
「?」
「それよりお前、朝からずっと水も口にしてねえだろ。干からびるぞ」
手元に不思議なものが寄ってきた。麦茶の入った湯呑み。宙に浮いている。
「とりあえずこれを飲め」
手に取ると湯呑みの下にあったタオルが飛び去って、四つ折りになってぬいぐるみの横に降りた。湯呑みじゃなくてタオルが浮かんでたのか。ヒデアキはその不思議な道具の、今は普通のタオルのフリをしている姿を見つめた。そしてせっかくだから差し出された麦茶を飲んだ。息苦しさが少し和らいだ感じがする。
「で、あのフルーツのことだけどなー」
「ああ、お見舞いの」
「パフェにして写真撮ってツイッターにあげていいか」
「生クリームの賞味期限も今日までだ」
と
「……ツイッターやってるの?」
「ナツミのツイッターだ」
「母さんの?」
「一週間更新できなかったら引き継ぐよう頼まれてた」
「……知らなかった。」
「見るか?」
「どうした?」
「❝いいね❞があんまり来ない……やっぱりおれの写真じゃ下手すぎるんだ……」
自分で説明して、
「見せて」
とスマホを覗き込んだがさすがに画像が小さくてよくわからない。
ふいに、
ヒデアキはつられてその方向を見た。壁にスマホ画面が投影されている。小さなスマホにはプロジェクターの機能があるようだ。
「これがナツミのツイッターだ」
と
まず、コンビニの新作菓子の写真が2つ。友達にちょっと見せるような気楽な写真である。
3番目は
その下は透明の箱入りの線香花火と浴衣姿のぬい。その花火には見覚えがある。少し前に母が「会社で貰った」と持って帰ってきたものだ。全く余談だが花火の箱は2個1セットで、「東」と書かれた箱にはカラフルなコヨリの先に火薬の付いた「長手牡丹」、「西」の箱には藁の先に黒い火薬が付いた「スボ牡丹」、日本の東西で線香花火は微妙に違います、という歴史を楽しむ文化的な玩具だった。
で、その下には雨合羽を着て傘をさしている
名前の欄には「チハル@ぬい」と書いていた。
「これ、お母さんが撮ったの?」
「ああ」
次々出てくる写真も見ていて、ヒデアキはあることに気付いた。それが正しければ❝いいね❞を増やしてあげられる。
「フルーツ、パフェにしていいよ。僕は花の形のフルーツサンド、作る」
とヒデアキはぬいたちに告げた。
ヒデアキもツイッターを見るぐらいのことはする。この前、断面が花の絵みたいになったフルーツサンドが流行っているのを見かけた。
***
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