土曜日



 負けた。だが実際、一万円分は勝っているのだ。だが、気分は大敗したときと何ら変わらない。パチンコ自体本気で打ち込んだことは無いが、今隣で起きている喜劇は流石に気分が悪かった。これ、絶対しばらく脳裏にこびりつくやつだ。

 隣のおっちゃんの台から鋼玉が大量に零れ落ちて、聞こえる歓声、そして悲鳴。あ、悲鳴は私だ。おっちゃんは慌てて空箱を取ってきて、大変だ!大変っだ!とか言いながら玉をかき集めている。おっちゃんを横目に台に肘をついて私は煙草を吹かす。やっぱり、人が勝っているところを見るのは大嫌い。さらにとなりの男は私の優しい匂い煙草をかき消すような、きつい匂いのタバコをふかせて笑い声をあげている。やっぱり気分が悪いや。切り上げよ。


 外に出て、もう一本タバコを吹かす。きつい匂いは嫌いだが、タバコを吸う行為自体は嫌いではない。身近な人が吸っていたからかな。副流煙ばかり吸っていたのもあるけど、全く抵抗感は無く、いつの間にか私も吸うようになっていただけ。

 スーパーで酒のつまみでも買うかと思い、煙草を近くの灰皿にねじ込んだ。ちょっと歩いて信号を待つ。このパチンコ屋は常連にとっては最高だろうな。すぐ近くにスーパーがあるから一日中台を打てる。私はあまり打たないから、帰りに何か食材を買う程度しか利用していないけどね。青になったのか、特有の音が鳴り始める。億劫だが顔をあげて向かい側を見ると、買い物終わりなのだろうか、お隣さんがビニール袋を持ちながら手を振っていた。

 私はご近所付き合いなんてものは、まっぴらごめんという心情から別に関わりを持とうとしない。だって面倒くさい。廊下ですれ違っても会釈するわけでもなく、マダムたちの無為な会話に入る訳でもなく、漫画のようにお隣さんにおすそ分けを持って行くとか、こんなトチ狂った行為はしてこなかった。


 だが、今向こうで手を振っている人が隣に引っ越してきた時、そして初めて話したとき意外と話の馬が合ったことは覚えている。それから私の方から彼女の部屋に伺うなんてことはなったが、ベランダで会うたびに話をした。大体その時私はタバコを吸って、ボーっと空を見ている。合わせるように彼女もタバコを吸う。私は女性のタバコ仲間はあまりおらず、いつしかお隣さんから友人になっていたのだ。

「佳那!今夜、お酒飲もうよ!」

 横断歩道ですれ違う際、彼女は私にそう呟いた。手でグッドを作り、それに答える。いつどこで飲むか約束はしなかったが、彼女の部屋に後でお邪魔すればいいのだろうか。まぁ、適当な時間に行けばいいか。ダメだったらその時に聞けば大丈夫でしょ。一抹の不安は鳴りを潜め、私も今夜の肴を探しに行った。


「お邪魔します」

 彼女の部屋は私の部屋に比べると如何にも女の子の部屋で、あたりを見渡すと見たこともない機械やインテリアが置かれてあった。これが、流行に乗っているものと乗っていない者の差なのかと痛感しつつ、部屋の奥に行った彼女を追いかける。ベランダにはキャンプ用と思わしき机とテーブル、また可愛らしいランプが置かれてあった。このセンスの差はなんだ!同じ部屋だぞ。鏡で反転しただけだが、なぜこうも世界が違うのか信じたくなかった。

「佳那ちゃん、こっちこっち」

「うん…やっぱり、すごい」

 彼女は少しきょとんとしており、これまた私が持ち合わせなかったものを見せてくる。私と話が合うのに、行動とかが真逆の彼女がなぜか面白かった。これが、いわゆるギャップ萌えなのかを理解した初めての経験だった。

「ねぇ冬華。どう、大学の方は?社会人になって、色々あって入りなおしたって知ったときは驚いたけど、初めての大学生活はどう?」

「流石に3年空いている現役生には及ばないね。今は必死に授業についていこうとしてる。早いけど、就活も並行で進めているから…しばらくしんどいや」

 学生の就職活動は苦労が絶えないのは本当なのだろう。ましてや冬華は現役生というアドバンテージも失っており、苦労するのは目に見えている。その点、自分は社会からはみ出しているのだとつくづく実感する。話を振っといてなんだけど、現状不満の話はいいや、酒が不味くなる。あ、そうだ。

「昨日知ったけど、二宮金次郎の像が無くなっている学校多くなったって」

「うん、私の母校の二宮金次郎像も潰されてたよ。お母さんから電話で聞いた」

「歩きスマホの弊害か、今の子は大変。金次郎像にいたずらもできないなんて学校生活半分損してる」

「え、佳那ちゃんいたずらしてたの?男子はよく怒られているのを見たけど、女子では初めて聞いた」

 女子がいたずらするのはダメなのか?時代によるだろうけど、考え方の価値観が私には理解できなかった。何がしたいのかさっぱりなのだ。だからどうでもいい話を繰り返す。酒の肴には一番美味しい、上澄みだけをすくって飲みたいのは誰でも同じだと思ってる。時間も無為にする。それが気持ちいから。いつだって、何もかもどうでも良かったんだ。

「おーい、佳那ちゃん?聞いてる?」

「冬華、今楽しい?」

「え、うん、どうしたの?」

 たぶん、彼女は私の知らないところで大変な経験をしている。それがどんなものか私は知らない。いつか話してほしいとも思わない。お互い秘密を抱えていけばいいじゃないか。

「飲もう、冬華。今日はとことん付き合ってよ」

 彼女は手でグッドを作り、それに答える。友人と飲む酒は本当に美味しい。今日はどんな話をするのだろう。私が一方的に写真について話すか、彼女が好きな電子工作について話すか。どちらにせよ私たちは全く分野の異なる話同士でなぜか盛り上がってしまう。さぁ、つまらない話で、この夜を語り明かすのだ。

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