金曜日

 夜九時、今週撮った写真をまとめる時間だ。ココアを片手にパソコンを眺める。撮った枚数は8GB分、所々拡張子が違うから週によって写真の量の変動はある。けれど、必ず一週間に一枚はSDカードを使い切ると決めていた、わけではない。これ以上使わないようにと制限をかけていたのだ。写真は全てパソコンを通してハードディスクに移す。その際にどこかの誰かが気に入りそうな写真を探す。この作業のなんとつまらないことか。ただ眺めるだけでいいはずの写真を凝視しなければならないのは、私にとっては非常に窮屈で無味。ただ撮れたらいいのに、いつもいつも思っていた。

「これは、あの雑誌に送れるな。こっちはえっと、あーちょっとぶれてる。記事には使えない、ぼやかして素材提供に使う…しかないか」

 一人ぶつぶつ、ぶつぶつ写真を整理していく。時間だけが過ぎていく。テレビも音楽も、ネットも、全て興味なんてない。あれの何がいいのかさっぱりわからない。何が面白いの?音楽なんてただ周波数の違うだけの音だ。ネットも仕事で仕方なく使っているだけで、あんなの自己主張の激しい人が使えばいい。テレビに至っては友人から貰ったのに、いつからついていないのか知らない。写真を撮って台を打てればそれでよかった。周りからは心配される。彼氏はできた?将来を考えなさい。成績よかったのに。人の気持ち考えたことあるの?子供じゃないんだから。

「うにゃー!!!うるさいな!」

 脳内に再生される記憶達が体を蝕んでいく。こういう時はいつも卑屈になりすぎてしまうものだ。” ぼすっ” ふとんに飛び込んで大の字になる。さらに誰に見せるでもない、化粧を落としていない顔を枕にこすりつける。

「はぁ、明日でいいや。パチンコ行く前にやったらいいか」

 明日になれば後悔するのは知っているが、さてさて、何をしようか。本でも読もうか。本棚に手を伸ばす。あとちょっと、あと…ダメだ。届かな―グァラン!

「うわっ!!」

 なんとか届いたが取り出すとき本が傾き、後ろから本棚上部に引っ掛けていた延長コードに引っ掛かる。そして付近に無造作に置いていた小物たちが私の上に振ってきた。何とか直撃は躱せたものの、ふとんの近くは足の踏み場が無いほどに散らかってしまった。

『ニュースの時間です』

 ここ数かけ月の間、聞いていない音が聞こえた。足元を見るとテレビがついており、暗がりの部屋で煌々と存在感を主張する。

「え、なんで?あっあれか!」

 散乱した小物たちを物色してみると、埃まみれのリモコンが出てきた。どうやら落下した衝撃で電源ボタンが押されたみたいだ。消そ。うるさいや。

「ピッとな」

 リモコンはそんな音ならない、口で言っている。ふふっ、なんだか笑いが込み上げてきた。ちょと根詰め過ぎたかな。ふっふは。あー考えすぎ!こういうときは…

ふとんから飛び起きる。散乱物をかき分けながら、私は冷たい現代の宝箱の元へ向かった。あー涼しい。扉を開けてまず思ったのはそれだった。これに扇風機付けたら部屋中涼しくなるんじゃないだろうか。いや、それエアコンだ。あれはどこにいれたっけ?奥を物色するとお目当ての物を見つけた。ベーコン、チーズ、そしてシュワシュワするやつ。さぁ、晩餐会だ。


 時計は11時を回っている。今週の私は随分悪さをするようだ。若干の罪悪感を覚えながら、その財宝たちを次々に物色していた。フライパンでベーコンを焼く匂いが部屋に充満していく。最高、最高、最高!だがまだ最高になる方法がある。追加で彼らを躍らせている間に、私はベランダでとある準備を進めていた。

「こんな状態で部屋の往復するバカはここだ!」

 部屋に物が散らかっているから少し手間取るのは当たり前だ。だが、やると決めたら私は止めない。一人用のテーブル、お一人様の椅子、そしてそれを飾るのは熱々の紅白絨毯とキンキンに冷えたやつだ。あーいい、すごくいい。カメラは充電が必要だが、それは人間だって同じ。あぁ、神様。これのどこが罪深いのですか。

 ベランダから見下ろす景色は、都会の光る混凝土棒を見るのではなく、何処かのカップルが使いそうな自然でもなく、中途半端に明るくてコンビニの看板が悪目立ちする。いい場所だ。自分の好きな場所で、好きなことをし、好きなものを食べている。なんと素晴らしいことか。うーーーん!バカヤロー!あとちょっとで叫ぶところだった、危ない危ない。この前、つい酔いの勢いで叫んでしまい、管理人さんに注意されたのだ。



 考え事をしていると、ついつい時間は過ぎていってしまう。気がつくと、目の前にあった宝物は消え去っていた。全く、どこの誰が盗んだのか。とても素早い犯行だと感心する。でも指名手配する気も起きない。私はそこでしばらく、温い風に身を任せていた。

 今年も夏が来る。そんな予感がする風だった。日本人にとってこの季節、感情を揺さぶられる人が多いと思っていた。まぁ私にとって思い出は無いし、興味も無かった。だがこの季節に関心がないわけではない。人だけではなく、生き物全ての表情が良くなる。だから、好き。

「今年も夏が来る。さてさて、どんな時間と出会えるかな」

本心だ。季節が廻ればそれでいい。もうそれだけで奇跡、どこかで笑えますように。グラスを傾けて、中のものが無いと思いだした。空のグラスを見る。もう一杯、いっちゃいますか。私はダンジョンの最奥を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る