火曜日

 私は今日も自転車を漕いでいる。ブラブラあてもなく漕いでいるのではない。今日はきちんと目的地があるのだ。それは小さな石橋。まぁただの石橋じゃないけど。

鯉がものすごく集まると聞き、すぐにどこかを調べて私はその場所に向かったのだ。スマホの地図を確認しながら、やっとこさ着いた。あー確かに鯉はいっぱいいるようだ。でも聞いていた話とは違う。そこにあったのは真新しい混凝土製の橋だった。え?建て替えたって書いてないよ。

「あーあったあった。びっくりしたー」

 混凝土橋から川の北側を見ると、まだ石橋が残っているようだ。若干、位置情報が間違っていたのだ。自然とそちらに自転車をカラカラと押しながら歩み始める。混凝土よりも石橋の方が私は好きなのだ。


 という建前で、実は石橋の隣にお団子屋さんを見つけたのだ。私は橋を通り過ぎて旗の元へ向かう。お団子屋さん。小さい頃からなぜか好きで、目の前を通るたびに買っていた。昔から好きだったの物は今も好きなままだ。この店も同じ匂いがした。古びた佇まいは、あまりに被写体としては完成され過ぎる。店の中はどうだろうか。蒸し器の蒸気が漏れているのか、店内の湿度は外よりも高く感じる。

 近年見かけるようなものはショーケースぐらいだろうか。それ以外はタイムスリップしてきたようである。所々ささくれた壁、少し浮いた床、よく見ると斜めに傾いた看板。あれ、この店大丈夫か?ごほんごほん。気を取り直して、その空間の中でひときわ浮いた時ガラスケースを眺める。ケースに並べられたお団子たちは煩雑に並べられているが、不快感は覚えない。むしろ仲良し。うんうん、お団子も美味しそうだ。三色団子を三本、これを買ってから鯉を見ようか。


モッモッモッモッモッモ―


 お団子屋さんのおじいちゃんが自転車を停める許可をくれたので、折角だし石橋に腰を掛けて、流れを見ながら頬張る。確かに鯉の数は多いけれど、ものすごくとはまた違うかな。あーかなり大きな錦鯉、そう言えば人面魚とか有名だった時期があったな。橋から身を乗り出し、そんな鯉がいないか探してみることにした。勢いで右足が上がり、危うく川に突っ込むところだった。でも、お団子は離さない。その体勢のままお団子を食べ続ける。


モッモッモッモ―ん?


 鯉を見ていると、遠くから私を見つめる視線に気がついた。初めは曲がり角に隠れていた。ジーっと目を離さず、こちらに近づいてくる。そして私の近くまでトコトコ歩いてきた。たぶん小学生ぐらいの少年だった。好奇心旺盛な彼は、傍から見ればこいつ何してんだという状態の私に話しかけてくる。

「何してるの?」

「お団子食べてる」

 そう言い、くるまれたお団子を目の前に出した。

「君も食べる?」

 少年は橋の手すり部分に座り、目を輝かせてお団子を頬張り始めた。私も同じ欄干で隣に座ることにした。お邪魔します。彼は地元の子かな?まぁいいか。ボーっと私たちは空を見上げながらお団子を食べた。

 私は食べ終わった串を口に入れたまま、カメラを取り出してストラップを首にかける。さて、鯉の写真を撮るか。しかし眺めても、聞いていたほどの鯉は出てこない。どうしようか、時間はあるけど、あんまり待ってばかりも嫌だな。

「鯉はこれでいっぱい出てくるよ!」

 隣から声が聞こえたと思うと、少年は川に向かって一蹴り、橋の上に残っていた細かな砂が舞った。少年が蹴った砂は光に当たり、反射する。空気が砂を追いかける。今だ。私は隣にカメラを向けていた。しかし、その瞬間に置いていかれてしまったようだ。


バシャバッシャバッシャバシャバシャ!


 音が聞こえる方向に耳をすませば、橋から身を乗り出すと鯉が砂を食わんと乱れていた。さっきまで一向に姿を現す気が無かったのに、この少年やるな。

「こいつら、餌と勘違いして食べようとするんだよ。お腹壊さないのかな?」

少年は笑顔を浮かべていた。首にかかるカメラが重い。隣を見ると、少年は自慢げにふんぞり返っていた。そのやってやったぞという顔は、噴出さずにはいられない。笑いをこらえられなくて、少年の前で大笑いをしてしまった。

「なんで笑うんだよー」

少年の笑顔もまた輝く。

「ねぇ、なんで私に話しかけたの?」

子供心を知りたかったのだ。私の忘れ物。さっきまでふんぞり返っていた少年は腕を後ろで組み、興味がなさそうだった。

「なんとなくー」

 ほらね。



「あ、ヤバ。帰らないとお母さんに怒られるや」

 時計を見ると五時を回っていた。少年はお団子のお礼を言いながら、走り去っていく。レンズから彼を見る。シャッターは押さなかったが、私は一言呟いた。

「カシャリとな」

 走る少年を見て、小さい頃の自分と重ねる。自分はあんな元気な子どもだっただろうか。無邪気で、目を輝かせていた時がきっとあったはずだ。

 少年が過ぎ去った後、私は一人橋に取り残されていた。元々は一人で来たのだが、なんとなく取り残されたような気分だった。欄干に肘をついて川を見ると、鯉たちはどこに行こうともしない。暴れたりもせずに、ただ泳いでる。あ、そうか。私は足元を見た。今日くらいは少し悪い子になってもいいかな。

「えいっ―」


バシャバッシャバッシャバシャバシャ!


 鯉が幅2mほどの川を水しぶきと共に、再び彩り始めた。そう私は悪い子。五時になってもお家に帰ったりはしない。この瞬間を楽しんでいるのだ。シャッターを切り続ける。でも、やがて鯉たちは私の目の前から去っていった。

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