作者の知らない世界

第25話 黒土のどかの物語

 ――世界はとてもつまらなかった。


 いつだって不条理で不平等で、ツライ。

 優しさなんてどこにも見当たらないし、居場所が見つからない。

 だから私は何時まで経っても息苦しくて、生き辛かった。

 

 常に窒息し続けているかのような、深海に一人いるかのような苦しさ。

 

 どうして生きているのだろう。

 どうして産まれて来たのだろう。


「産んでやった事に感謝しなさいよッ!」


 頬が痛い。

 ……頬が痛い。

 傷口が塞がらない。

 ぽたぽた赤い血。

 ボールペンがあんな風に刺々しいものだとは知らなかった。

 まるで剣みたいだ。

 だからきっとこの結果も当たり前の事なんだと思う。


 ボールペンも、シャープペンも、鉛筆も。

 

 きっとそう言う為にあるんだろう。

 痛い。

 イタイ。

 見たくない。

 そう思ってしまうのは、イケナイ事なんだろうか?

 この世は私に何時だって痛く当たって来て、隙間ほどの居場所もない。


 ――そんな私は、だから妄想の世界に逃げ出したかった。

 夢の世界。

 どこかで読んだ恋愛語りの物語。

 私は勇者で、優しい性格をした個性的な仲間達と旅をする。

 恋にだって落ちるかもしれない。

 その人はきっと、私の為なら世界を敵に回す事だって出来る人だ。

 その人はきっと、私の為なら世界を守る事だって出来る人だ。

 

 そんな、夢物語。


 ……だけど世界は、そんな妄想をする事すら許さなかった。



 砕け散ったUSB。

 私の夢はたった数秒でなくなった。

 私の居場所はたったそれだけでなくなったのである。


 そんな私が○○を壊すのに要したのは、多分――どれくらいだろう。


 背後から灰皿を持って――


 ――倒れて、コップで。


 砕けた、ガラス――


 ――真っ赤っ赤――




 臭い。


 汚い。


 五月蠅い。



「……」


 結局のところ。


 ――風が吹いている。


 涼しい。

 気持ちが良い。

 きっとそこには、きっと。



 ああ、でも。


 結局のところ、私が産まれた理由ってなんだったんだろう。

 最期までそれは分からなかったな――




 ――だけど、私の人生はそれで終わる事はなかった。


「特別に君を、君の造った創造の世界に転生させてあげるよ」


 あれは、何だったのだろうか?

 笑顔の美しい女神の姿をしたナニモノか。


 そして私は、次の瞬間には「勇者」になっていた。

 まるで私の妄想した世界の様だ。

 吐き気がする。


 私の世界は誰にも触れられたくなかったのに。

 私の世界は、私の心の中にだけ存在していれば良かったのに。

 なのに、どうしてこうして私の目の前に存在しているの?


 テレサ――美しい聖女様。

 誰にでも優しくて包容力のある彼女は何時だって私の事を優しく抱きしめてくれた。

 まるで想像していたお母さんみたいだった。

 どうして私に優しくするの?


 ニナ――初めての仲間。

 心強くて身体も強い彼女の笑顔に何時だって周囲を明るくして、笑いが尽きなかった。

 まるで想像していたお友達みたいだった。


 そして、クロード。

 私の――恋人候補。

 

「……」


 どうしてみんな、私に優しいの?

 

 


 それが分かってしまったから、あまりにも辛くて、苦しかった。

 やめて。

 私に優しくしないで。

 そんな風に笑顔を向けてこないで。

 勘違いしてしまうから。

 勘違いって思い出すたびに、心が痛いの。


 きっと、テレサの優しさに心を和らげるのも。


 きっと、ニナの笑顔につられて笑うのも。


 ……クロードに、……



 きっとすべて、都合の良い夢なんだ。



 だから、きっと、この夢はおしまい。


 目を閉じて、眠ろう。

 疲れたよ、もう。

 休ませて。


 


 だというのに、世界は今も続いたままだ。


 魔王はいて、今日も何故か私の隣でえいえいと横腹を突いて来る。

 聖女はくすくすと笑い。

 戦士はけらけらと笑い。

 クロードは私の隣にいる。

 彼はどんな表情を浮かべているのだろう。

 気になるな。

 だけど、それを確認するのがちょっと怖い。

 きっと、その顔を見たら私はすっごく頬が緩んじゃうから。

 そんな表情を彼に見られたくない。

 恥ずかしい。

 恥ずかしいから、私はコップの中に入った飲み物を口に含み――



「苦いなぁ」



 そう、笑いながら愚痴を零すのだった。

 



  ◆



 頭痛で目が醒める。

 そして次に感じたのは肌寒さだった。

 ふるふると身を震わせながら半身を起こす。

 すると当然のように薄い毛布がずり落ち、衣服を身に纏っていない私の半身が姿を現した。


 おっとぉ、これは?


「や、やっちまった……」


 これ、絶対アレでしょ。

 週に一回はこれをヤってしまい、そしてその度に後悔しているのだが。


 彼に誘い受けとか思われていないだろうか?

 なんだか怖くなって隣を見て――





「……あれ」



 そこには温もりだけが残された空白だけが存在していた。



「あれ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る