第12話 なんかよく分からない事はよく分からない
え……っと。
まず、冷静に状況を整理しようか。
何事も状況把握は大切だ。
どんな時でもそれは基本中の基本で、それが疎かになってしまうと前提から瓦解してしまう場合がある。
なので俺は、冷静に状況を見極める事にした。
まずは、視界から情報を得てみよう。
ベッドの中。
素っ裸な俺と魔王。
「……」
何が起きたらこんな事になるのだろう。
ていうか何故にここに魔王が?
いや、恐らくこれは思念体が実体を持ったものだろう。
俺の心臓に根付いているもう一つの意識。
それが実体を持ちこうして俺の前に現れている方が、先日の魔王が再びこうして現れ隣で寝ている可能性よりも高い。
というより、何となく自分の事なので分かるのだ。
これは、自身の中にいるもう一つの意識である、と。
さて、なのでこの魔王の正体は何となく察した。
では、これからどうするべきか。
……普通に寝首を掻くか、いや。
さっきも言った通り、こいつはあくまで思念体なので、殺してもきっと実体を失うだけで死ぬ事はない。
そして再び俺の前に姿を現すだろう、って待て。
「なんでこいつ、こうして出てきているんだ?」
そうだ。
そもそもこの魔王の思念体はテレサによって封印されていた筈だ。
それがどうして俺の前にいる?
封印を破ったのか?
テレサの封印術式は確かに最強の一言に尽きるが、しかし相手はあの魔王の思念体である。
例外があった可能性がある。
しかし、いや。
うーん……
どれだけ考えても答えは出てこない。
これからこいつをどうするべきか、俺はどのような判断をするべきなのか。
状況は単純で、しかしどこまでも混沌としていて判断を下す事が難しい。
そうこうしてい内にも、目の前のこいつが目を覚ます可能性だってあるのに――
そしてそれは『フラグ』と言う奴だったのか。
「ん、んん……?」
魔王が小さく、身じろぎをする。
薄く目を開いたのを見、そしてその視線の先に俺がいるのを見つける。
「ふふ……」
彼女がそのように笑ったのを聞いた。
そして次の瞬間、まるで舞台が切り替わったかのように、だった。
「……っ、ここは」
視界に広がる世界が、変わる。
そこは昨日、夢の世界でみた斜陽に染まった部屋。
――のように見えた。
「ん?」
しかし、昨日とちょっと違っていた。
椅子と机のすべてが乱雑に部屋の隅に追いやられており、部屋の中に広い空間を無理やりに作っていた。
そしてその中央。
そこにはとても硬そうなマットが置かれていた。
騎士養成学校で、体術の授業の時に使用していた奴にそっくりな奴だ。
心なし、それよりは柔らかそうに見える。
そのマットは謎の大きなシミが出来ていて、そしてその上には謎の道具が放置されていた。
なんだ、これ?
イヤな予感がする。
ていうか、正体は分からないけど物凄い造形。
透き通った蛍光色をした、様々な棒状の道具類。
共通しているのは、それらは皆、なんかべっとりと液体が付着しているという事だった。
用途を想像したくない物品。
それが幾つも転がっているという異質な光景。
何が怖いって、この光景を見ているとない筈の記憶がちりちりと疼き、何かを思い出しそうなところだった。
「あはっ♡」
笑い声を聞き、俺は咄嗟に声のした方を見る。
そこには、昨日と同じく黒のセーラー服を身に纏った魔王がいた。
昨日と違っているところといえば、その首に首輪が付いている事ぐらいだろうか。
……首輪?
なんで?
「おはよう、お兄様♡」
なんか魔王からお兄様呼びされたんだが?
「今日は彼方で、どう遊んでくれるの♡」
どういう事だってばよ。
しかし嫌な予感はふつふつと、それこそ嫌なくらいに湧いて来る。
昨日、俺が体験した出来事が彼女に何らかの影響を与えたのは間違いない。
ていうか、そうでなくては、こうして魔王が目の奥にハートマークをチラつかせながら俺に熱く蕩けた視線を向けてくる理由がない。
「えっと、その。魔王?」
「魔王じゃないよ」
「え」
「今の私は、お兄様の奴隷、人形、玩具♡ 好きなように使われて好きな時に捨てられる使い捨ての道具なんだから♡」
自分の言葉でなんか興奮している彼女を見、俺は若干引く。
どうやら彼女は頭のネジが数本抜けていらっしゃる様子。
何が恐ろしいって、相手は間違いなく魔王なので下手したら武力で制圧される可能性があるところ。
力勝負だと勝てないかもしれないって恐ろしい。
しかし少なくとも、今のところはそのような事をする様子はない。
それどころか彼女は俺の事を崇拝しているような気配すら感じる。
「え、っとだな。取り合えず、お前の名前を教えてくれると助かるんだが」
「奴隷一号」
「そうじゃなくてだな……」
「そうじゃなかったら、彼方って呼んで?」
「そうか、それじゃあカナタ」
俺は今いる場所が極めてヘヴィでシリアスな状況であるように願いながら、彼女に尋ねる。
「昨日、何があった?」
「それこそ言わずもがなだよぅ」
彼女はどんよりとどこか濁った瞳を暗く光らせながら答える。
「お兄様は私に、新しい世界を教えてくれたの。この世界はこんなに凄い、キラキラしているって、身をもってして私に教えてくれたの」
なんかよく分からないけど、俺は昨日魔王にいろいろ世界の素晴らしさについて熱く教え込んだらしい。
やるじゃないか、なかなか出来る事じゃないぞ?
「もしくは調教かな」
いろいろと台無しだった。
「私に魔王としての在り方を、一晩でたっぷりねっぷり教え込まれちゃった♡」
「そ、そうか」
「私ね、知らなかった」
相変わらず目を輝かせながら彼女は言う。
「魔王って、お兄様の女って意味だったんだね?」
「違うからな?」
「魔王らしく角が生えてなかった事をここまで残念に思った事はなかったよ」
「なんで」
「角があればお兄様にそれをハンドルみたいに掴んで貰って、それで」
「お前に矜持とかそういうのはないのか」
「それは昨日、お兄様に折られちゃったから……♡」
頭が痛い。
二日酔いでがんがん痛かったけど、なおの事痛くなった気がする。
昨日何があったのか分からないけど、いや、正確には分かりたくないけれど。
どうやら俺は再び罪を重ねたらしい。
酒は飲んでも呑まれるなって分かってたのに。
いやでも今回はセーフだろ。
誰にも手を出さないよう一応一人で酒を飲んでいたのだし。
そこで魔王が出てくるなんて思わなかった。
そんなの完全に不意打ちだ。
「それでね、お兄様。私、思ったの」
そして彼女はあたかも名案であるかのようにそれを提案してくる。
「本体にも私が味わったこの素晴らしい事を教えてあげたいなって、そう思うの♡」
「お前はそれで良いのか」
「そりゃもう、オールオッケーだよ」
本気かと思って彼女の目を見る。
ハートマークが浮かんだどろんと蕩けた瞳がこちらを見つけて来たので慌ててさっと視線を外す。
「素晴らしきお兄様のお兄様を知らないなんて、本体は凄く勿体ない事をしてるっ。だから、分からせて上げなくちゃ。その為なら、私。お兄様に何でも協力しちゃう」
「……と、いうと?」
「ん、と。例えば魔力の提供とか?」
「え」
マジ?
「うん。まあ、お兄様の為なら何でもするのは当然なんだけど。お兄様、この事を気にしていたみたいだから、一応ね」
「それはなんていうか、ありがたいけど」
「その代わり、いっぱい魔法を使ったら、後でいっぱい私を可愛がってくれれば、嬉しいな♡」
「……そうか」
そっちが本音か。
俺はどっと疲労が襲ってくるのを感じる。
この数分の会話で物凄い疲労感が溜まった気がする。
なんにせよ、である。
「これからも、あいつ等と一緒に旅は出来そうなの、か?」
それは純粋に嬉しかった。
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