第7話 後の祭り

「と言う訳で、私の部屋に来てください」


 宿に付いてそうそう逃げようとしたら先回りされた。

 当然断る手段はなく、俺は渋々テレサの部屋に招き入れられる事になった。


「さて、と」


 ぱたん。

 宿の部屋の扉に看板を掛けるテレサ。

『眠っています。起こさないでください』という看板。

 当然眠るつもりはないだろうが、宿の人間に来られて邪魔はされたくないらしい。

 一体何をするつもりなのか。

 怖過ぎて身震いも出来ない。


「それじゃあ、ご主人様」


 ようやっと我慢しなくて済むと言わんばかりに、彼女は満面の笑顔で俺の事を「ご主人様」と呼ぶ。

 俺の表情はますます引き攣った。


「あの、さんざん言ったと思いますけど」

「敬語」

「……言ったと思う、けど。そのご主人様って呼び方止めてくれるとありがたいんだけど」

「やです」

「何故に」

「それはそうと」


 俺の問いには一切答えず、テレサはベッドの上にころんと横たわる。

 無造作にまるで何も考えないような動作だったので当然のように服は捲れ上がってしまって――って、ちょっと待て。


「無造作の割にいろいろと捲れ過ぎだろ」

「……♡」


 わざとか。

 下着とかお腹とかぺろんと見えちゃっているのも、全部わざとか。

 随分とまた、器用と言うか聖女の技量をこんなところで使うなよと言うか。


 なんにせよ、俺は溜息を吐く。


「そんな事をされても、こちらは何もしないからな?」

「なるほど。ちらリズムはやはり無意識下にて起きた時が一番そそる、と」

「そう言う事じゃない」

「ですがその割に私の胸にちらっと視線を送りましたよね」

「……何の事だか」


 目ざといなー。

 いやまあ、彼女の豊満な胸が重力でちょっとだけ圧し潰されているのを思わず見てしまったのは事実だけれども。

 なんならそういうの、好きだけれども。


「うふふっ。なんだかんだ言っても、ご主人様に性欲がある事は分かっているのです。そうでなければ、昨日あんなに私の事をぐっちょんぐっちょんに壊せる筈がないのですから」

「性欲がないとは言わないけど、それを律してこそ人間だよ」

「私は正直律するのが難しくなっています……あぁ♡ 昨日の事を思い出すだけで身体が疼きますっ♡♡」


 彼女は寝転がったままぶるりと身を震わせる。


「知識としては勿論知っていましたが、まさかあそこまで刺激的なものだとは知りませんでした」

「聖女なのに知識は持っていたんですね」

「むっつりと罵ってくださっても構いませんよ? 事実、そのようなところがあった事に関しては否定出来ませんから――話を戻しましょう。私はこの甘美な禁断の果実の味を知ってしまった。知ってしまった以上、その果実を酸っぱい葡萄だと思う事は不可能なのです」


 とろん、と。

 彼女は瞳を淫靡に潤ませながらこちらを見てくる。

 今まで見た事のない、まるで淫魔のような表情だ。

 

「正直に、答えてください。貴方もまた、この甘美な味をもっと味わいたくはないですか?」

「……」

「ご主人様だって、この甘い果実を味わったのは、初めての筈――」

「……」

「え、待ってください。もしかして貴方」


 信じられないようなものを見る目をするテレサ。

 俺はすっと目を逸らす。


「貴方、ご主人様。もしかして、童貞じゃ」

「……」

「だ、誰ですかっ。いえ良いですご主人様の女性の知り合いなんて数少ないですからあてずっぽうでも当たるでしょう!」

「ど、童貞ですから! 童貞ですからそんな風に興奮しないでっ!!」


 誰が悲しくて自分の事を童貞と言わねばならんのか。

 しかしそんな弁明で彼女は俺を許してはくれなかった。


「道理で昨日、イヤに手馴れていると思いましたよ! 誰ですか、クリスタですか?   あの新米騎士、貴方の後輩でとても懐いていましたっ!」

「違いますからっ」

「じゃあ、カルテナですか!? あの巨乳騎士、あのおっぱいでご主人様を誑かしたと言うのですかっ!?」

「違いますからっ! ていうかそうやって全部俺の知り合いを羅列していくつもりですか!」

「信じられません! ご主人様がバツイチだったなんて……!」

「俺にだって恋愛する自由がある筈だと思うのですが……!」


 理不尽過ぎる怒りだった。

 俺だってもう酒を飲めるお年頃なんだし、一度の恋愛、失恋を経験してたっていいだろ。

 いやまあ、凄く苦く苦しい思い出なので出来れば忘れたい記憶なのは間違いないし、そもそも俺の場合は恋愛というよりもむしろ――


「ま、まあ良いです。女は最初より最後である事に憧れる生き物なのですから。ご主人様が今、私を愛してくれるなら、それで構いません……!」


 そして、彼女がきっとこちらを睨みつける。

 そして言う。


「さあ、ご主人様! 昨日と同じように私を襲ってくださいっ!」

「いや、この調子でそれは無理だから」

「いーやーでーすーっ! そうして貰わないと私の気が持たないんですーっ!」

「我儘っていうか無茶振りされても困るんだが!?」

「貴方の好きなおっぱいも好きに使っても良いですから! 揉むのも挟んで揺するのも、貴方の自由です! なんなら吸っても良いですよ! カルテナよりは小さい事は認めますが!」


 俺はとりあえず逃げ出す準備をしようと思った。

 なんだかこの勢いだと逆に襲われる可能性が出て来たからである。

 その場合、俺は力で彼女に勝つ事はまず不可能である。

 なので基本は逃げの一手を取るのが正解だろう。


 ちらり、と視線を扉に送る。

 そして今まさに走り出そうとした、その瞬間だった。





 ドッッッッ!!!!!!!!


 どこからともなく、炸裂音が鳴り響いた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る