第5話 テレサと妄想、あるいは聖女

 その後、俺達は各自、自由行動となってバラバラに散らばる事となった。

 当然俺はいつものように――ではないな。

 今までとは感覚が違う。

 良い意味でも悪い意味でも、テレサと言う人間に対する認識が変わってしまったからだ。


 今までのテレサ様にはなんて言うかこう、精神的に距離があったような気がする。

 元々彼女は護衛対象なのでそこに私情を持ち込む訳にはいかなかったというのもある。

 それ以上に、俺は若い頃からテレサ様の事を聖女という俺達とは住む世界が違う人間であると教わって来た。

 その感覚はずっと抜けず、だからこそ一緒に旅をしている間もテレサ様とは一定の距離感を保って接していた、いや、そうせざるを得なかったとも言えるかもしれない。

 

 だが、今は。

 

『と言う訳で、早く帰りましょうご主人様♡』


 表情を変えず、しかし念話を使って語尾にハートが付いていそうな甘ったるい声で俺に語り掛けてくるテレサ。

 念話というのはかなり高等な魔法らしく、木っ端な魔法使いは使う事すら儘ならない。

 そんな高等魔法をただ他人に聞かれたくない話をしたいからと言う理由で使うテレサ。

 なんていうかこう、呆れる。


『うふふっ。ご主人様、帰ったらどんな風に私を虐めてくれるのかなぁ♡』


 ちなみにだが、念話と言うのはあくまで自身の思考を相手に送るという魔法であり、逆に相手の思考を読み取るような事は出来ない。

 なので俺は今、一方的にテレサの意味不明な妄想を聞かされ続けているという訳である。


『あはっ、服を剥かれて視姦されるっていうのも良いですね。ご主人様には堂々とベッドの上に座って貰って。部屋の中で一人だけ全裸っていう状況、非現実的で良いです♪』


 一体どんな表情をすれば良いんだ、俺は。

 真顔を保ちながら歩くの凄く大変だぞ。

 こうしてよく分からん妄想をしているテレサだが、相変わらず表情は薄い微笑みを浮かべていて、まるで世界のすべてが美しくて愛らしいとでも言いたげである。

 流石は聖女。

 こと精神力に置いては一般人のそれとは一線を画しているみたいである。

 ……こんなところでそんな事を実感したくなかったなぁ。


『うふふ。まあ、なんだかんだ言ってご主人様は優しいですから私の事を私が考えているようにぐちゃぐちゃにしてくれる事はないのでしょうけど。だけど、酒気を帯びればその限りではない事は分かっているのです』


 俺は決めた。

 今後は絶対禁酒をすると。


『ああっ、妄想するだけで○てきますっ♡』


 ○ってなんだ。


『ご主人様の○○して○○て、○○な事を○するのです♡♡』


 もはや何が何だか。


 ていうか今更だけど、もはや俺の事をご主人様と呼ぶのが当たり前になっているな。

 俺的には本当に止めて欲しいんだけど。

 むずむずするし、ていうか明らかに目上の存在である彼女にそんな風に言われるとか倒錯的過ぎて何が何やらである。

 そんな俺も彼女の事を今では呼び捨てだ。

 なんて言うか、本当に一晩で変わってしまった、俺もテレサも。


「なんだかなぁ」

「……どうか、しましたか?」


 と、彼女は心の底から心配しているような表情でこちらを見上げてくる。

 上目遣いでとても可愛らしいが、しかし騙されてはいけない。

 この人はさっきまでずっとエロい事ばっか妄想していた人である。


「いや、何でもないです」

「そう、ですか? 何か困りごとがありましたら、何でも私に相談してくださいね?」

「はぁ……」

「懺悔室……とは言いません。今日は一杯♡、私の部屋で語り合いましょう」

 

 一瞬、欲望が洩れたな。

 

「そんな、テレサ様を煩わせる訳には」

「私達は一応便宜上では上司と部下ですが、しかしそれ以上に仲間なのです。仲間をフォローするのは、当然の事でしょう?」

「……それは、逆もまた然りだと思います」

「そうですねぇ」


 くすくすと笑うテレサ。

 

「なので、期待していますよ? 貴方が私を求めるように、私も貴方を求めるでしょうから」

「俺がテレサ様に対して何かを求める事はないです?」

「あら、そう? その割に貴方、私と初めて会った時は――」

「その事、未だに覚えているんですかっ!?」


 俺が初めてテレサと出会ったのは俺が10歳の時。

 テレサはその時、8歳だった。

 初めての邂逅時、俺は彼女に、


「ふふっ、聖女なら聖女らしいところを見せてみろって、私にそう言ったのですよね?」

「……流石に不敬だったと今では反省してますよ。若過ぎたと言い訳するつもりはありませんが、その時の俺は流石に子供が過ぎていました」

「私的にもあれは新鮮で初めての経験でした。聖女である私に対し、人々はみな頭を垂れるか遜るか、どちらにせよ謙遜するのが普通でしたから」

「それは」

「だから、ですね」


 にこ、と笑い。

 そしてその後の事を彼女は語らなかった。


『童心に戻ったつもりで、ご主人様には私を虐めて欲しいです♡』


 それこそ、童子の頃にそんな事はしないだろ。

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