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 郷愁を誘う色彩の喫茶店で見知らぬ女性は迷うことなく私のもとへ近づいてきた。

『あの。問いかけてもいいでしょうか』

『はい』

 迷うことなく返答する。

『どうして貴方は此処にいるのですか』

彼女の質問は鋭く私の左肩を撃つ。周りを見渡した。店内の誰もが私を見つめている。

強制だ。

私は何故、此処にいるのですか?

考える。

わからない。

『なぜ、此処にいるのでしょうか』

逆に問いかける。

彼女は苦々しく笑う。

『自分自身で答えられないならば誰にもわかりません』

彼女は酷く残念そうに答えた。

周りのものはもう誰も私を見ていない。

何もかも今まで通り動いている。

私と彼女だけが別世界である。

彼女は動かない。

私は。

どうするのだろう。

答えは見出さないまま、時が進む。

ノワール、ノワール、ノワール。


瞼がゆっくりと開かれる。

夢を見ていた。

赤く柔らかい座席に全てを委ねていた。

大きなスクリーンに流れているモノクロ映画よりも夢の中で見た映像の方が芳醇であるかのように。

興味もない映画だ。気の迷いだった。

ネットで専門家が日本人なら一度は見るべきだと強く推していて、ずっと頭の片隅で留めていた映画。

見ることはないだろうとたかを括っていた。

偶々暇ができた街角でポスターを見かけたから、見てみてもいいかなって疲れた身体でそのまま直行したのが良くなかった。

二千円ちょっとか。

無駄にした。

知らない日本人が二人、親しそうに話している。

途中から耳に入れるほど興味深い話をしているわけでもない。

小早川秋はまだ未完の映画を見届けず、席を立つ。

外は雨が降っている。

秋は舌打ちをする。傘を持ってきていない。

スマートフォンで恋人の尾形定に連絡する。

彼女なら傘を持ってきてくれるはずだ。

秋は光が行き交う都市を眺める。

自分は何を求めているのだろうか。

時間が浮かぶ。思考が始まる。

女。

肉体。

性欲だけが生きることだろうか。

友情も交流も必要ないのだろうか。

あまりにも夢がなさすぎる。

ふとしたときに生きる糧全てがまやかしにみえて仕方がない。

タバコでも吸っていれば格好がつくだろうに。手持ち無沙汰で傘を待つ男。

だせぇ。

退屈だ。

人を殴ってみようか。

叫んでみようか。

若者の主張。

(私、小早川秋は全人類を殺したい。踏み潰したい。愛することができないのです。興味を持てない。真実の愛とは何でしょうか。考えるたびに消えていく。延々なる関係などありませんでした。だから私は全てを裏切ります。離れます。何者も殺さない為に。)

無益な主張。

有益に行動できない。

23年生きていて、自分自身がこの世に貢献できたかというとできていない。

したいとも思えない。

この程度が限界だ。

愚かしい。

ため息が出る。

雨が全て流す。

(僕も、か)

僕が溶けるなら、雨で溶けるなら、さぞ痛いことだろう。痛くて叫んで、それでも雨は止まないで、僕は死んでいく。

死後、バラバラになった、溶けた肉体は排水溝に流されて、雨水、泥に混ざり、私は。小早川秋は存在を消失する。

(呆気ない最後。)

果たしてどのような人生が美しいと呼べるのか。

秋は考えることを辞めた。

全て自己満足にもほどがある。

雨の波紋に混じり定は桂馬のように近づいてくる。

不服そうな顔。

当たり前だ。

「悪いな」

「はい」

定はビニール傘を私に渡す。

二人で共に帰る。

会話はあまり続かなかった。

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