【短編】同級生の心の声を聴いてみたらデレデレだった。

左リュウ

ホンネトーク

「見たまえ、紅紫十和あかしとわくん! ついに完成したよ――――私が開発した本音翻訳アプリ、『ホンネトーク』が!」


 ご丁寧に『じゃじゃーん』という擬音まで自分の口で言いながら、クラスメイトの桜井仄歌さくらいほのかはご満悦気味に高々とスマホを掲げた。

 天上院学園高等部の制服の上から、白衣に身を包んだ小柄な身体をいきいきと動かし、長い金色の髪をツーサイドアップにしているリボンがぴょこんと揺れる。


「はあ。それはよかったな」


「えっ、なになに? 『なんですかその心躍る素敵なアプリは! 是非とも教えてください!』だって? しょーがないなぁ。特別に教えてあげるとしよう!」


 どうやら作り立てほやほやの発明品アプリを自慢したくて仕方がないらしい。

 ……というかたった今、全部自分で言っただろ。タイトルで全て説明してただろ。


 桜井仄歌は天才だ。

 高校二年生という身でありながら既に数百を超える発明品を生み出し、その特許で儲けているのだそうだ。

 そうでなくとも家が世界的に名高い桜井重工。そのご令嬢であるのだから、札束プールで背泳ぎできるぐらいの富を有していることになる。


 俺たちが要るこの所せましに難しそうな機械マシンや道具の並んだ研究室だって、桜井が大金を積んで学園側に作らせたらしい。この部屋は校舎の中ではなく学園内にある部室棟のあるエリアの一角に聳え立っており、後付けならぬ後建ての証拠と言えよう。


 そんなわけで、この桜井がナントカカントカという発明品アプリを造り上げたというのは、本当の話なのだろう。これは面倒なことになった。それこそ、「しょーがないなぁ」だ。


「まずはこのアプリをだねー……」


「桜井、フルーツロールがあるんだ。食うか?」


「食べるとも!」


「ほら、お皿とフォーク。ちゃんと両手で受け取れよ。スマホは預かっててやるから」


「おお、気が利くじゃないかー♪」


 容易くスマホを手放して、交換するようにお皿とフォークを受け取る桜井。

 そのまま美味しそうに、もきゅもきゅとフルーツロールを頬張っていく。視線は目の前のスイーツにしか注がれていない。


「……で、この『ホンネトーク』ってやつはどうやって使うんだ?」


「もぐもぐ……まずはアプリを起動するだろう?」


「ふむふむ」


 アプリを起動……っと。


「次は?」


「もぐもぐ……アイコンを押して相手の声を録るんだ」


 アイコンを押して……っと。


「録るとどうなるんだ?」


「もぐもぐ……相手の音声から解析した本音が画面に表示される」


「へぇー」


「ごっくん……この機能の地味に凄いところは、聞き分けにあるのだよ。指定した音声のみを補足することが出来るから、騒音の中でもバッチリ機能するのさ」


「そりゃあすごい」


 音声の補足……これか。これを押して……っと。


「ごちそうさま! いやー、美味しかった。それ故に残念だよ。私の乙女サイズの胃袋では一切れ食べればもうお腹いっぱいだからね」


 ……と、本人は言っているものの、スマホの画面では…………


(本当は、まだまだ全然食べられるとも! けどそれを十和くんに言うのは少し恥ずかしいし……ここはがまんしよう)


 …………という内容に即した文章が出力されている。


 なるほど。確かに桜井はいつもお菓子やケーキが大好物で普段からよく食している。この前なんかケーキをまるまるワンホールぺろりと平らげていたし、たかがフルーツロール一切れで満足するはずがない。


「さて。食後はコーヒーでも頂くとしようか。オトナな私はもちろんブラックだが、十和くんはどうする?」

(十和くんはいつも私を子供扱いしているフシがあるからね。ここはビシッ! と私がオトナのオンナであることを証明しようじゃないか)


「俺も貰うよ。ミルクと砂糖を入れてくれ」


「あっはっはっ! 十和くんは子供だなぁ~」

(ずーるーいーぞー! 私だって本当はミルクと砂糖をたっぷりいれた甘ったるいのが飲みたいのに!)


「………………桜井、本当にブラックでいいのか?」


「当たり前じゃないか。技術者にはブラックコーヒーと相場で決まっているのだよ」

(ブラック嫌だ。そんな相場なんて知ったことじゃないよ。むしろ私はオレンジジュース派だ)


「やっぱり俺はジュースにしようかなぁ。今から自販機に行くけど、ついでにオレンジジュースでも買ってこようか?」


「仕方がないなぁ。ここは十和くんの厚意に甘えてあげるとしよう」

(やったー! 十和くんありがとー!)


「はいはい」


 研究室の外側の壁には自動販売機も備え付けられている。

 ラインナップは桜井の好物であるオレンジジュースが半分を占めている。

 水やお茶、スポーツドリンクといった普通のやつは俺が口を挟んで入れさせた。前までは十割オレンジジュースだったからな。流石に飽きる。


 おかげでというとアレだが、部活棟の連中がスポーツドリンクや水を購入して地味に売り上がアップしたらしい。まあ、自動販売機一台で得られる稼ぎなんて、桜井仄歌にとっては端金のようなものだ。特別誇れることでもない。


 春の日差しが温かな外でオレンジジュースとお茶を一本ずつ購入し、手早く研究室に戻る。桜井は不自然なまでによそ見をしている。テーブルの上にあるフルーツロールが更に追加で三切れなくなっているところを見るに、俺がジュースを買っている間にデザートを堪能していたようだ。


「おい、フルーツロールが減ってないか?」


「気のせいだよ」

(このまま二ロールは軽いね)


 食い過ぎだろ。


 ……しかし、よくもまあここまでしれっと嘘がつけたものだ。いや別にいいんだけどな。このフルーツロールにしたって、桜井のために作ってきたもんだし。


「そろそろ私もオレンジジュースは卒業かな。何しろほら、オトナのオンナだから。これからはブラックの時代だから」

(オレンジジュース、だーい好き♪ ブラックなんか大嫌いだ。あんなもの一生飲める気がしない。にがにがの星のにがにが星人じゃないんだよ私は)


「そうか。なら、それが最後のオレンジジュースになるかもしれないんだな」


「そうだね。最後の一杯だよ」

(十和くんのいないところでがぶがぶ飲みまくろう)


 流れるように見栄を張るなこいつは。

 あとジュースをがぶがぶ飲むんじゃない。


「ふぅ……しかし、開発の締めといえばやはりオレンジジュースだね。……ん? あれ? 開発? そういえば十和くんに、作ったアプリを見せようとしていた気が……」


「気のせいだろ。それよりフルーツロールのおかわり、いるか?」


「いるー!」


「はいはい。ほら、どーぞ。……そもそも急にアプリなんか作って、何しようとしてたんだ?」


「十和くんに見せびらかすためだよ!」

(十和くんに褒めてもらうためだよ!)


「俺に見せびらかしたって何も出ないぞ。もっと他にいるだろ。研究者とか、企業のお偉いさんとか」


「興味ないよ。生憎と、設備にも資金にも困っていないのでね」

(そんなことしたら十和くんと一緒に遊ぶ時間が減るじゃないか)


「ああ、確かにお前、実家のこと抜きにしても特許で儲けてるもんな」


「ふふふ……そこらのお嬢様と違って、私は自分で稼いでるのさ。おっと、称賛の言葉は要らないよ。聞き慣れているのでね」

(褒めて褒めて褒めて褒めて褒めて褒めて褒めて褒めて褒めて褒めて褒めてー!)


「いやいや。その年でそれだけ稼いでるなんてすげぇよ。立派立派、ちょー立派」


「ふっ……それほどでもないさ」

(やったー! 褒められたー!)


 桜井に尻尾があれば、千切れんばかりの勢いで振り回していたことだろう。

 というかこいつアプリがなくても分かりやすいな。だいたい顔に出てるぞ。


「さて。お腹も膨れたことだし、十和くんにさっそくアプリを……アプリを……あれ?」


「どうした桜井」


「……なんで十和くんが私のスマホを持ってるのかな?」


「お前から預かったからな」


「………………………………」

(そういえばそんなことがあった気が……あの時だ――――!)


 どうやら桜井は自分が易々とスマホを手放してしまったことを思い出したらしい。

 心の中で(やらかしたー!)と叫んでいる。


「と、十和くん? もしかして……?」

(『ホンネトーク』を起動してるんじゃ……)


「してるしてる」


 ほら、と言いながらスマホの画面を見せてやる。

 そこにはこれまでの『本音』の履歴がずらりと並んでいた。


 ●もっとケーキ食べたい!

 ●子供扱いしないで!

 ●ずーるーいーぞー!

 ●オレンジジュースがいい!

 ●ありがとー!

 ●もっと食べたい!

 ●オレンジジュースがいい!

 ●もっとジュース飲みたい!

 ●褒めて!

 ●もっと遊びたい!

 ●褒めて!

 ●うれしい!

 ●思い出したー!

 ●もしかして……?


「うぎゃー! し、ししししししまったぁ――――!」

(十和くんに私の本音が丸裸にされちゃってる――――!?)


 混乱しているせいかわたわたと手を動かす桜井。その手は空を切っていて何をしているのか彼女自身も分かっていないようだ。


「悪かった悪かった、とりあえず返すよ」


「~~~~~~っ!!」

(アプリ! アプリをすぐに切らないと!)


 これ以上は喋るまいとばかりに片手で口を塞ぎながら、桜井はスマホを受け取るとすぐにアプリを切った。


「……ぷはっ! もうっ! ひどいじゃないか十和くんっ!」

(あ――――! 恥ずかしいよぉ――――!)


「だから悪かったって。……けどお前、あまりにもアッサリとスマホを手放すから逆に心配したぞ」


「そ、それはっ……!」

(相手が十和くんだからじゃないかっ……!)


「それは?」


「……知らないっ! 言うもんか!」

(……十和くん相手だと安心できるとか、気が緩むとか……口に出すのは恥ずかしいしっ!)


 ぷいっ、と顔を逸らす桜井。固く口を閉ざしているのは、彼女なりの反抗の意志なのだろうか。


「……つーかな、桜井。『嘘がつけなくなるマイク』とか、『正直者になるヘルメット』とか、最近はやけに人の本音を探るようなものばかり作ってるじゃねーか。そりゃあ警戒するってもんだろ」


「うっ……」

(そう言われると私も弱いのだけれど……)


「しかも決まって俺に使わせようとしてただろ。……何か聞き出したいことでもあるのか?」


「そ、それはだね…………」

(言えない……十和くんに好きな女の子がいるかどうかを探ろうとしてたとは……とても言えない……!)


 桜井はしばらく口を閉ざして黙り込んだ後、


「…………やっぱり言わないっ!」

(だってそんなこと言ったら……私の気持ちだってバレちゃうじゃないかっ!)


 やっぱり本当のことを口には出さず、顔を逸らす。


「そうか。言わないのなら別にそれでもいいけどな」


「…………? な、なんだ? やけにアッサリ引き下がるじゃないか」

(私としてはとても助かるが……)


「まあ、別にアプリなんて使わなくても、お前の本音ぐらい分かるからなー」


「何を言ってるんだか。それじゃあまるで異能力者じゃないか。むしろそんな特別な力を持った人間がいたら、一度お目にかかりたいぐらいだね」

(やれやれ。十和くんにも困ったものだ。そんな虚勢を張ったって私にはバレバレだぞ)


「そうだなー」


 そうだなー、というか、そうだ。


 俺はそもそも――――桜井の心の声が全部聞こえている。


 理由は単純。俺が人の心の声を聴くことが出来る異能力者だからだ。


「と、とにかくだね。一旦は完成させたが、このアプリはまだまだ改良の余地がある。大雑把な本音を汲み取ることしか出来ないからね」

(本当なら心の声を詳細に出力することが出来ればいいのだが……私もまだまだだな)


「まだ改良するのか。なんでそこまでするんだか」


「ふんだ。鈍い十和くんには分からないよっ」

(本当に鈍感だね、君は。……そういうところも、嫌いじゃないけど)


 そうして、桜井は開き直ったように残りのフルーツロールをもきゅもきゅと食べ始めた。

 どうせバレているのだからとコーヒーには目もくれずオレンジジュースも流し込んでいる。


(まったく……こっちの気もしらないでよくもまぁ……)


 俺は人の心の声を聴くことが出来る。

 この力は生まれた時から備わっていて、付き合いも長い。


 そして俺は、この異能力に関して己に課している規則ルールが一つだけある。


 ――――口に出さない限りは本音じゃない。


 ……まあ、誰かが困っていたり、多少気を利かせる時にはこの異能力を使って動くことがあるけれど。


 基本的にはこの規則ルールに従って生きている。

 誰だって本音は聞かれたくないだろうし、せめて知らないフリをするのが俺なりのケジメだ。


 だから桜井が俺を好きなことに対しても、俺は知らないふりをしている。

 俺から桜井に告白したりするようなこともしない。だって、俺が人の心を聴くことが出来る能力なんてなければ、彼女の気持ちを知ることもなかったのだから。


 故に。桜井が本音を口にするまで、俺は彼女の本音を知らないフリを続けるのだ。


 …………むしろさっさと告白してほしいと思っている。

 変な発明品マシンを使って無駄な駆け引きみたいなことをしてないで、さっさと口に出せと何度思ったことか。


 そうすれば俺だって…………いや。やめよう。


「あー、いっそのこと本当に、心の声が分かる異能力者と会ってみたいよ」

(そうすれば十和くんの本音だって分かるのになー)


「そうだなー。いつか会えるといいなー」


 俺が本音を口に出せるのは、しばらく先になりそうだ。


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