第29話 新天地でも彼は変わらず

 サンデリカに到着したルトたちを待ち受けていたのは、大量の民衆の歓声だった。新たな領主となったリーゼロッテ、そしてなにより帝国の新たな魔神であるルトを一目観ようと、サンデリカ中の民たちが集まってきたのだ。

 当然ながら、これは事前に計画されていたことである。新たな領主として、リーゼロッテの存在を民たちに知らしめる為に、予め街に到着の噂を流しておいたのだ。『皇女と氷神、領主として来たる』と。少し前にその存在が大々的に明かされたルトと、そんなルトと婚約を結んだリーゼロッテ。帝国において時の人である二人の名は、新たな領主という立場と合わさって多くの民を惹き付けた。

 結果としては、このある種のお披露目は大成功に終わった。リーゼロッテが馬車の窓を開け軽く手を手を振れば、それだけで民は歓声を上げる。ルトが気まぐれにリーゼロッテに合わせ、神としての側面を強め馬車の窓から顔を覗かせれば、誰もがその存在としての格の違いに息を呑んだ。

 一行が新たな拠点となる公爵邸に着く頃には、ガスコイン家当主リーゼロッテと、氷神ルトの姿はサンデリカの民の記憶に深く刻まれたことだろう。


「んー……っ!」


 事実上の初仕事を終えたことで、ルトは自室にて大きく伸びをした。

 ランド王国から帝国首都べーリーまでの旅に比べれば短いとはいえ、今回の移動にも程々の時間を費やした。更には領民への顔見せもあったのだ。旅の不便さなど細かな不満が溜まっていたこともたり、屋敷についたことで漸く一息つけた気分であった。


「さて、と」


 体操をするなどしてひとしきりのリフレッシュを終えたルトは、さてこれからどうするかと思考を巡らせた。

 荷物の運び込みなどの引越し作業は、ガスコイン公爵家に新たに仕える使用人たちが引き受けている。よってその手の雑事でルトが手を出すことはない。そもそも大公兼当主の婚約者がやるようなことでもないが。

 とは言っても、立場に相応しい仕事もルトの場合は特にない。なにせルトの『政務に携わる気がない』という意向は当主であるリーゼロッテも承知の上であり、更には皇帝の名のもとにその独立性は保証されている。その為、書類仕事の類は一切ルトに割り振られることはない。

 では、適当に家の人間と交流して時間を潰すかと考えるも、内心で即座に却下した。はっきり言って、現状において暇なのはルトだけである。リーゼロッテは当主として、旅の疲れを癒すのも程々に早速文官たちと共に御家の仕事に取り掛かっている。使用人たちも同様に忙しなく屋敷中を動き回っている。ハインリヒはリーゼロッテと共に、馬車の中でルトが提案した一件についての話し合い。アズールはルトの秘書として、リーゼロッテや文官たちと共に折衝や書類仕事に精を出している。他のルトの部下たちも、各々の判断で御家の仕事を手伝うなどしている。そんな風に殆どの人間が駆けずり回っている中、ルトの暇つぶしで仕事の邪魔をするのは流石に気が咎めた。


「……仕方ないか」


 色々と考えてみるが、屋敷内でルトがすること、できることは中々思い浮かばなかった。

 結局、具体的な考えの浮かばぬままに屋敷の中をぶらつくことにする。


「あ、閣下じゃないですか! 暇してるんなら手伝ってくださいよー」


 ルトが適当に屋敷内を散策していると、屋敷の仕事を手伝っていたらしき部下たちの一人に声を掛けられた。

 その内容は主に対するにしてはあまりに気安い。ルトにとってはお馴染みの態度であるが、如何せん場所が少し悪かった。周囲で忙しなく作業をしていた使用人たちが、あまりのことに一斉に固まったのだから。


「馬鹿野郎。主に雑用させようとするんじゃねえ。そもそも立場的にできる訳ねぇだろ。……あと、いきなり普段のノリを出すな。周りの使用人が驚いてるだろうが」


 呆れ半分にルトが窘めると、部下もまた己のやらかしに気付き頭を掻く。


「あはは……。こりゃすみませんね皆さん。我々と閣下は普段はこんな感じなんですよ。勿論、時と場所はしっかり選ぶのでご安心を。ガスコイン家の名に泥を塗るようなことは致しませんので」

「本当に注意しろよ? ここは戦場じゃなくてリーゼロッテの屋敷だ。内々で済ませられる範囲なら俺は気にせんし、リーゼロッテもうるさく言わないと言質は取ってある。だが調子乗って下手打ったら容赦なく〆るからな。他の奴らにも伝えとけ」

「ハッ! 了解でございます! ……それはそうと、普通そこは〆るじゃなくて罰するって言いません? 閣下ももうちょい言動に気を配った方が宜しいのでは?」

「残念だが、これが立場の違いって奴だ。俺にとやかく言えるのは皇帝陛下とアクシア殿ぐらいだからな。他の奴らに言動を咎められたところで問題ねえんだよ」

「貴族としての品性や気品の類は、ちいとばかし話が違うと思うんですがねぇ……?」


 堂々と言い切るルトに対し、部下は実に微妙な表情を浮かべて首を傾げる。……尚、周囲の使用人は声にこそ出さぬが部下の意見に激しく同意していた模様。


「完全に普段のノリでいた自分が言うのもアレですがね、せめてこう、もうちょい上品な感じになりません……? 大公なんすから、もっと堂々と威厳のある感じにですね」

「堂々としてんだろうが。何の文句があるんだこの野郎」

「その堂々の仕方はチンピラのそれなんですよ。貴族じゃなくて大衆酒場にいる人種なんすよ」

「やかましいわ。最終的に魔神としての役目を果たせば、貴族的だろうが酒場のチンピラ……」


 そこでふと、ルトの脳内にある閃きが走る。


「閣下? 急に黙ってどうしましたか?」

「いや、何でもない。ちょうど良い暇つぶしを思いついただけだ。邪魔したな」

「……え、ちょっと!? いきなり何処行こうとしてるんです!? 話の流れ的にすっごい不安なんですが!」


 突然話を切り上げたルトに不穏なものを感じたのか、即座に部下はルトの前へと周り込んだ。滑らかかつ素早い反応は、流石にルトをして歴戦と表する兵士なだけはあるだろう。……妙な場面で発揮されたが。


「何処で何する気ですか閣下!?」

「街の酒場だよ。ついでだからリーゼロッテにも伝えといてくれ。屋敷内で俺のやることもねえから、ちょっくらお忍びで街を見てくるってな」

「こっち来た初日に何言ってるんですか!? 流石にできる訳ないでしょう!! そもそもさっき顔見せしたばかりなんですから、下手したら大騒ぎになりますよ!?」

「安心しろ。何の為にわざわざ顔見せしたと思ってる。髪と瞳を人の状態に戻せば問題ねえよ。そもそも認識凍結だってあるんだから」

「遠回しに止めろって言ってるんですよ! てか、珍しく貴族らしいことしてたと思えばそれが狙いか!……………って、いない!? もしかしなくても魔法使いやがったなあの不良大公!!」




 ーーー

 あとがき

 今回は少し短め。新章突入したのは良いけど、上手い具合に話をもってくのが難しいところ。展開や山場はしっかり決まってるのですが、そこまで書き進めるのがね。一章みたいな序盤からヒリついた状況という訳でもないので、今回みたいな日常描写っぽい感じのが増えそうなのです。

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