第27話 氷神
『──親愛なる民たちよ!』
皇帝フリードリヒの声が聞こえてくる。重厚かつ凄味に満ちた声音。ただの肉声であっても場内の広間を駆け抜けるであろう玉音は、魔術を介した増幅によって大音声となって空を揺らす。
フリードリヒが語り掛けるは眼下の国民。この日、この時の為に特別に解放された城内の一角、皇帝の演説の場として使用される広間に集った民衆だ。
数えるのが億劫になる程の人の群れと、それに比例して大きくなる下々の喧騒。だがしかし、フリードリヒの大音声が響き渡った途端、それはピタリと止んだ。
「見事なもんだな。流石は天龍帝」
「陛下は民に愛されておりますから」
熱弁を振るうフリードリヒを物陰、バルコニー下の広間の民衆からは見えぬ位置で、ルトとリーゼロッテが言葉を交わす。
「にしても、まさかこんなお披露目の場を用意されるとは……」
「新たな魔神格の存在を広く知らしめる為ですので」
「分かってる。これもまた必要な行為だ」
フリードリヒが現在行っている演説は、いや魔神ルトの存在を大々的に公表するためのものだ。ルトという超戦力を内外に宣伝することで、国内に活気を与えると共に経済の活性化を。そして国外では周辺諸国、とりわけ最大の敵国たる法国に対する牽制する目的が存在する。
更にもう一点。
「──これにて私たちも名実共に夫婦でございますね、旦那様?」
「まだ婚約だろう」
「婚姻は確定しているのですから遅かれ早かれですわ」
帝国の新たな魔神ルトと、第三皇女リーゼロッテの婚約発表の場でもあった。
──ルトがその辺りの企みを知ったのは半月前。アズールが秘書として宛てがわれたと共に、ルトの今後の身の振り方を記した書類を持参した時のことである。
その書類には、要約して以下のことが記してあった。
・アズール・ミルヒ・レンブラントをルトの秘書として任ずる。
・ランド王国との戦争は、帝国が侵攻した地域一帯を獲得した状態で停戦。帝国の捕虜となったルトと部下たちは、返還の際に発生する支払いをランド王国が拒否した為に、捕虜から正式に帝国の帰属となる。
・帰属に伴い、ルトには魔神格専用の爵位たる大公位を与える。また、ルトの部下たちは正式に大公の指揮下に加わる。
・帝国との関係性をより強固なものにする為に、リーゼロッテとルトの婚約を決定する。リーゼロッテが十四歳になった時、正式に婚姻を結ぶ。
・婚約に伴い、リーゼロッテに公爵位と【ガスコイン】の名を与える。以降は皇女ではなく、ガスコイン公爵家当主として振る舞うべし。
・帰属及び婚姻に伴い、ルトには帝国貴族の証たる中間名として【セイル】を。名として【コイン】与える。以降はルト・セイル・コインを。婚姻後はルト・セイル・ガスコインと名乗るべし。
・公爵位を与えるにあたり、沿岸部の帝室直轄領【サンデリカ】を領地として与える。尚、領地運営は公爵家当主たるリーゼロッテが行う。ルトは独自の判断か、領地の危機、及び皇帝の命にのみその力を振るうべし。
・正式な日程は更に追って報せるが、新たな魔神格の存在を世に知らしめる為に、大々的なお披露目の場を用意する為、心するように。
とまあ、大体こんな感じの内容であった。
アズールの秘書就任に関しては、特にルトとしても拒否する理由は無かった。ルトの部下は皆が武官であるし、スケジュール管理とかそういう方面の仕事にはあまり慣れていないのである。ハインリヒなら問題なくこなすであろうが、彼はルトにとっても重要な立ち位置なのであまり雑務を振りたくない。そういう意味では、帝国のやり方に詳しい人材が手元に来るというのなら渡りに船というのがルトの感想だ。帝国上層部から色々と指示を受けているであろうことを踏まえても、アズールを秘書として抱えるのはアリと判断した。……むさ苦しいオッサンばかりなので、気分的に花を求めたくなったという面もある。
ランドの件は、二国間でどのようやり取りが為されたのかは不明かつ、終わったことである以上ルトも大して興味も無い為、そんなものかと納得した。精々が『見事に帝国に転がされたんだろうなぁ……』とかつての古巣に呆れ混じりの哀愁の念を抱いたぐらいだろう。
大公位を戴くのは、既に聞いていたので感想はない。
リーゼロッテとの婚姻は……こればかりは対法国という観点から断ることができないので、どうこう言うのは諦めた。フリードリヒとアクシアの連名で『できれば断らないでくれ』と念押しされたぐらいには重要なのだ。それを抜きにしても、婚姻という名の血の契約は、貴種の間では絶大な意味がある故に、曲がりなりにも貴種の一員であったルトに断るという選択肢が存在しないのである。……例え相手が十二歳のネコ被り姫であったとしても。互いに恋愛感情の類など全く抱いていないにしてもだ。
家と領地に関しては、当主であるリーゼロッテに丸投げする予定なので、ほぼ口を挟むつもりは無い。『沿岸部の領地』という、明らかにルトの氷結の力を当てにしてる部分はあれど、大半の部分ではルトは不干渉を貫く気でいた。なにせ意図的に学習を避けていたが為にその手のノウハウは皆無なルトと、皇女ではあれど多少の教育を受けているであろうリーゼロッテでは、まず間違いなくリーゼロッテの方が優秀なのだから。下手に首を突っ込んで状況を掻き回すよりは、いっそのこと潔く身を引いた方が世のためという奴だ。……勿論、ルトの性格を踏まえてという面もあるだろうが。だがそれ以上に、帝国上層部も似た判断の下に『当主』にリーゼロッテを据えた筈だ。
「なんというか……。今思い返しても見事に俺と意見をぶつけない形で組まれてるよなぁ」
「それは当然ですわ。なにせ我が国は吸収合併を何度も繰り返してここまで来ているのです。折衝など御手のものという奴です」
「なるほど。言われてみれば当然か」
そんなこんなで、上層部の思惑とルトの思惑が噛み合った結果、特に拗れることなく現在の大仰なお披露目会へと至った訳だ。
「因みに訊くが、俺の都合で当主なんて面倒なもんを押し付けられた訳だが。そこんところは?」
「面倒などと……。むしろ私としては、良い経験だとワクワクしています。他国は兎も角、我が国では当主に憧れる娘も割といるのですよ? ……実際になれるかどうかは兎も角」
「そりゃ何で……って、ああ。アクシア殿か。なるほどなるほど。この国じゃ、女当主も馴染み深いものなのか」
ルトの目の前で破天荒の限りを尽くした女傑を思い出し、ルトは納得の声を上げた。他国では女当主など滅多にいないが、帝国には【炎神】という大き過ぎる前例がある。今でこそ半ば隠居した身らしいが、かつては大公兼ハイゼンベルク家当主として辣腕を振るっていたという。その為、女当主というのも帝国では割と受け入れられているらしい。
「という訳で、実はお披露目の時が待ち遠しいのです。早く素敵な旦那様を民に紹介したいですし」
「『婚約者に養われるロクデナシ』の間違いだろ?」
「あら。守護神はそこに在ることがお仕事ですよ?」
「そうかい。それじゃあひと仕事するとしようか」
『──さあ、来るがいい!! 帝国の新たな魔神、【炎神】と対を為す【氷神】よ!!』
時は来た。皇帝の名の下に合図が下される。神たる名が唱えられた。
ルトは歩く。人から神の領域へと。ルトは歩く。皇帝に並び立つ為に。青の燐光を煌めかせ、神たる覇気を身に纏ってルトは歩く。
さあ、着いた。眼下に犇めく民衆が、惚けた顔で見上げている。存在としての格の違う、絶対強者を見上げている。
「──刮目せよ」
その日、帝国に、いや世界に青き神が降りたった。
ーーー
あとがき
本当なら年内に投稿する予定だったけど、これはまあロスタイムです。
という訳ではい終わり! この章はこれでおしまいです! 割とザックリ端折ったけど気にするな! だってマトモに書くと長かったんだもん!
それはそれとして、あけましておめでとうございます。今年も作品ともども宜しくお願い致します。……この小説、気付けば2万フォロー突破してたり、☆1万越してたりしてるんだけど……何で? いや凄いありがたいんですけど。また12万文字ちょいなんだよなぁ……。
因みに次はやべぇ奴の執筆に移ります。ちょっとほったらかしにし過ぎたんで。
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