第46話 シアといつもの朝
「で、いつまでここにいるつもりだよ。俺、着替えたいんだけど」
「どうぞどうぞ、私のことはお気になさらず! そのまま着替えちゃってください! 拝見します! ‥‥‥あ、それとも私が脱ぎ脱ぎさせてあげましょうか?」
「どっちもせんでええわ!」
手をワキワキさせていると、パシリとはたかれました。
なんですかもう‥‥‥ちょっと肌色な天斗を見たいと思っただけですのに。まったく、つれないですねぇ。
このままだといつまでも状況が変わり無さそうだったので、私はしぶしぶと部屋を後にしました。
‥‥‥まぁ、天斗ならこうなると思って冗談で言ったんですけどね。
ドアを閉めて、それにもたれかかって小さくため息を一つ。
「‥‥‥ちょっと、危なかったですね」
さっき、一瞬だけ理性の箍が外れるところでした。もし天斗が起きるのがもう少し遅くて、無理やり止められなかったらいったいどうなっていたか。
「ふぅ‥‥‥」
身体を落ち着かせるように長く息を吐いて頭を切り替えます。
部屋の中から着崩れの音が聞こえてきて、私はリビングに戻りました。
リビングはキッチンから流れて来たチーズの焼ける香りで食欲を誘う良い匂いが漂っています。
「よし! 天斗がやってくるまえに仕上げをしちゃいましょうか!」
パシンと気持ちを切り替えるように頬を叩いて私は再びキッチンに向かいます。
まずはコンロに火をつけて昨日の残りの味噌汁を温め直しましょう。
私はコーンスープやオニオンスープなどでもいいと思うのですが、天斗は何か朝にお味噌汁を飲むことにこだわりがあるようなので毎日お味噌汁を作ることが私の一つの日課になっています。
ピピピッと電子音がなってオーブンが焼きあがったことに気づきました。
焼き上がりを見るためにオーブンの扉を開けてみれば、ふわりとチーズの匂いが顔にかかって私の胃が「おなかすいた~」って主張してきます。
「うん、我ながら美味しそうに出来ました!」
まだブクブクと熱そうなので冷ますためにオーブンの扉は開けたままにしつつ、用意しておいた野菜を水洗いして適当に切って、盛り付けて簡単なサラダを作ります。
グラタンオムライス、お味噌汁、簡単サラダ、後は適当にあまりもののおかずを用意して、今日の朝食は出来上がりました。
それらをリビングのテーブルに配膳していると、パジャマから着替えて寝癖を直した天斗がやってきます。
「ん? なんかすごいいい匂いがするな」
「はい! 今持ってくるので座って待っててください!」
「おーう」
天斗がイスに座るのを横目でみながら、程よく熱を冷ましたグラタンオムライスを持って、リビングに向かう‥‥‥その前に、ケチャップを構えます。
「えーっと、あ・い・し・て・る‥‥‥っと。よし! 完璧です!」
自分の快心の出来に惚れ惚れとしながら、ケチャップで文字を描いたグラタンオムライスをそっと天斗の前に置きます。
「お待たせしました! 今日はシア特製グラタンオムライスですよ!」
「おお~! うまそう! ‥‥‥だけど朝から重たい」
「あれ? そうですか? でも、いつも天斗は結構ガッツリ朝ごはんは食べますよね? もしかして食欲わきませんか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど‥‥‥文字がね」
天斗、もしかしたら体調不良なんでしょうか? と少し心配していると、早く食べようと言われたので私も天斗の正面のイスに座ります。
二人で手を合わせていただきますを言った後、私は自分の分を食べる前にじっと天斗の様子を見つめます。
天斗はまず、ズズッとお味噌汁を吸ってホッと息をつくと、さっそくスプーンを手に取ってグラタンオムライスに入れて、伸びるチーズを絡めとるように一口分を食べました。
天斗に私が作った料理を食べてもらえるのは凄く嬉しいです。けれど同時にちゃんと美味しいと思ってもらえるかどうか不安で、こうして口に運ばれるのを見ているのは不安からドキドキしてきます。
私が少し緊張していると、やがて食べ終わった天斗が私の方を向いて優しい小さな笑みを向けてくれました。
「うん、うまいなこれ」
「本当ですか!?」
「おう。チーズも焼き具合が絶妙だし、オムライスとグラタンを合わせるなんて朝からなんだかぜいたくな気分になるな」
「えへへ~、よかったです!」
嬉しい嬉しい! 朝から天斗に褒められた~!
不安が安堵と喜びに変わって、緩みそうになるほっぺたを押さえながら私も自分の分を一口。
‥‥‥うん! 前作ったときよりもおいしくなってると思います!
もともと人並みに料理はできましたが、天斗と過ごすようになってからは少しでも天斗に美味しいと思ってもらえるように料理がうまくなるように頑張ってきました。
それがこうして実感できて、これからも頑張ろうって思えますね。
それから天斗と二人、パクパクと箸を進めて、お腹が空いていたこともあってか結構あっという間に食べ終わると、天斗はメールチェックをすると言ってパソコンを開きました。
私は食器をシンクに運びながらその様子を見て、天斗に尋ねます。
「天斗、食後のコーヒーはどうしますか?」
「いや、今日は一限からだからこの後すぐ出るからいらないかな」
「そうですか‥‥‥」
ちょっと残念ですが仕方ありませんね。
小さな寂しさを感じつつ洗い物をしていると、テキパキと準備していた天斗があっという間に出かける時間になりました。
お見送りするためにタオルで手を拭いて玄関まで向かうと、靴を履いて踵を揃えていた天斗が振りかえります。
「今日はどれくらいに帰ってきますか?」
「う~ん、なるべく早く帰ってくるつもりだけどちょっと遅くなるかも。お腹が空いたら先にご飯食べててもいいよ」
「いえ、ちゃんと天斗のお帰りを待っています!」
「そっ、まぁいいけど」
本当はずっと一緒にいてほしくて、出かけるなら私のことも連れて行ってほしいです。
どこかに行ってしまったらすぐに帰ってきて欲しいですし、なんならどこにも行けないように家に閉じ込めてしまいたいと思わなくもないです。
けど、天斗には天斗の私がここに来る前の生活があって、それを捨ててまで私に構って欲しくはないから、自分のどうしようもないわがままはそっと胸の奥にしまい込みます。
それでも、その大きな気持ちがあふれ出しそうになってしまったら。
「——天斗っ!」
行ってきます、と手を振って玄関の扉を開けようとした天斗に向かって、私は思いっきり飛びつきます。
「うおっ!?」
ぎゅっと、天斗が壊れない精一杯の力で抱きしめれば、身体全体で天斗が感じられて、天斗の香りで安心できて、ドキドキする胸がいっぱいに満たされる。
今日も一日、頑張ろうって思える。
‥‥‥あぁ、好きだなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます