第45話 シアと朝のルーティン




 天斗を起こさないようにゆっくりとドアを開けて、足音を立てないように天斗の寝ているベッドのそばに向かいます。


 こうして天斗を起こす前に部屋に忍び込むんでちょっとイタズラするのは私の毎朝の楽しみです。


 これがバレた初めのころは、ドアに鍵がかけられたりしていましたが、根気強く開錠したり窓から入ったりしているうちに私に侵入されることは諦めたのか、いつからか普通に入れるようになりました。


「天斗、朝ですよ」


 すやすやと寝ている天斗に小さく声をかけます。


 聞こえているのかいないのか、ぴくりと瞼が震えた気がしましたが天斗はそのまま起きません。


 その様子を見て、私はくふふと忍び笑い。


 実は、今のは天斗を起こすために声をかけたわけではないのです。どれくらい寝入っているのかを確認するためのものでした。


 今の様子ですと、まだまだ起きる気配はないでしょう。きっとまた夜遅くまでお仕事をしていたにちがいありません。


「もう、ちゃんと寝ないとだめですよ」


 頑張るのはいいですけど天斗は吸血鬼じゃないんですから、ちゃんと夜に寝ないと体調を崩してしまいます。もっとご自愛していただきたいです。


 そんなことを思いながら、天斗をのほっぺたをつんと指でつついてみます。


 弾力のある肌がむにゅんとつぶれてなんだか変な顔です。


「うふふ、これくらいじゃ起きませんね」


 そのままムニムニとつまんだりしていると、天斗は鬱陶しそうに顔をしかめてごろんと反対側に向かって横向きになります。


「あら、寝返りをうっちゃいましたか」


 う~ん、次はどうしましょう? まだまだ起きる気配はしないですし、起こさないといけない時間まではもう少しあります。


 天斗が寝返りを打ったことでベッドにスペースができたのでそこに入って添い寝をしましょうか? そしてそのまま大胆に背中に抱き着いてみましょうか?


 少し悩んで私はベッドの反対側に行くことにしました。


 そのままベッドの淵に腕を置いて天斗の寝顔を至近距離から眺めます。


 普段眺める表情や横顔は凛々しくもかっこいいですが、こうして真正面から見る寝顔は無防備でなんだか可愛らしいです。


 見ているだけで身体が熱をもってきて、愛しさで心がいっぱいになって、大好きが溢れてきてしまいそうです。


 こうして毎朝、天斗の顔を見るだけでどうしようもないくらい天斗のことが好きであることが実感できて、それが嬉しくて、天斗にこの激情をぶつけたくて仕方なくなってしまいます。


 ‥‥‥今日はどこまでできるでしょうか。


「天斗‥‥‥」


 サッと天斗の前髪を払って、露わになったおでこに一つキスを落してみます。


「‥‥‥ん」


 触れるか触れないかくらいのキスでは起きないようで、天斗は少し眉をしかめただけでまたすやすやと寝息を立て始めます。


 まったくもう‥‥‥こんなに隙だらけだと、私は止まれませんよ?


 それから私は、ゆっくりと目的の場所に向かってキスを落していきます。


 瞼、耳、頬、鼻とじわじわと順々に「ちゅっ‥‥‥」と、小さな音を立てながら寝ている天斗にキスをするのは、なんだか悪いことをしているようで、甘い気持ちとスリルが混ざり合って胸がドキドキしてくるのです。


 早く起こして天斗とおはようって言い合いたい。そんな気持ちと、このまま起きないで最後までしてみたいという気持ちが混ざって、だんだん自分でも止まれなくなってきます。


 残すところはあと一つ、未だそこだけは達成できていない唇だけになりました。


 チラッと寝ている天斗の表情を見れば、流石にイタズラしすぎたのでしょう。瞼がぴくぴくと震えていて、もうすぐで起きて来そうな気配がします。できるかどうかはギリギリ、といったところでしょう。


 私はゆっくりと、天斗の唇に向かって顔を近づけていきます。


 勢いよくやればいいのかもしれませんが、それではなんだかムードが無くて嫌です。そもそも前はそれでも何故か阻止されましたから。


 だからゆっくりと、気配を感じさせないように息をつめてそっと唇を奪うのです。


 じりじりと迫って、私の視界のいっぱいに天斗の顔を収めたその時でした。


 チラッと見えたのは天斗の柔らかそうな首筋で。その瞬間、同時に喉から唾液が溢れて、脳裏に天斗の味がよぎります。


 視界が真っ赤になったような気がして、天斗の首筋から目が離せなくて、ただ自分の欲望のままに貪りたくなって。


 抗い難い衝動に身を任せて、天斗の首筋に顔をうずめようとしたその瞬間‥‥‥。


「うにゃっ!」


 グイっとおでこを押されて、私は思わず後ろにのけぞります。


 結構強い衝撃で、我を忘れていた真っ赤な視界が次第に色を取り戻して、明けた目の前にはじっとりじとじとしたジト目を向けてくる天斗の姿。


「あー‥‥‥一応聞くけど、なにしてるの?」


「え、え~っと‥‥‥おはようのちゅうです!」


「はぁ~‥‥‥」


「むっ、なんですかそのため息は! いいじゃないですかおはようのちゅ~! とっても恋人っぽくて!」


 そう言って私は、今度は勢いよく天斗に向かって少しすぼめた唇を押し付けようとします。


「ちゅ~‥‥‥むにゃっ!?」


 しかし、ほっぺたをぐにゅっと掴まれて抵抗されてしまいました。


「せんでいいわ! そもそも俺らはおはようのちゅうをするような関係じゃないだろが!」


「みょう! しょんにゃてりゃにゃくてみょいいにょでしゅよ!」


「何言ってるのかわからん!」


「あうちっ!」


 ピシッとデコピンをされて止められます。


 まったくもう、天斗は照れ屋さんですね! 寝ている間に顔中にちゅっちゅしたんですから、唇の一回くらい今更でしょうに。


 そんなことを思いながらデコピンされたおでこをサスサスしていると、起き上がってデジタル時計を見た天斗が小さくため息をつきました。


 たぶん、今の時間がまだ起きるのは早いけど二度寝するには足りなくてちょっとがっかりしたんでしょう。


 それからグイっと大きく伸びをして欠伸を一回。そのまま私に向き直ったら、ちょっと寝不足気味な表情で一言。


「おはよう、シア」


 たった四文字の挨拶だけれど、こうしてまた新しい朝を天斗と二人で迎えられたことが嬉しくて、名前を呼んでもらえたことで満たされて。


 だから私も、自然とできた満面の笑みで返すのです。


「おはようございます! 天斗!」



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