第9話 シアと可愛い洋服



 店員さんに更衣室を使うことを伝えて、シアが着替え終わるのを更衣室の傍で待つ。


 ちなみに俺のファッションセンスがどのくらいかと言えば、そんなに自身があるわけではない。


 それでも一応小説を書くときにヒロインに着せる服とかで何度か調べることもあったから、壊滅的というわけでもないと思う。シアに貸していた服もダサすぎるってことは無いと思うし。


 そんなことを考えてると、更衣室のカーテンを少し引いて、シアがチョコンと顔をのぞかせる。


「天斗、一応着替え終わりました」


「おう、なら出ておいで」


「ええと、はい。あの‥‥‥似合ってなくても笑わないでくださいね?」


 シアはあまり自信がないのか、ちょっと不安そうにそう言う。


 そこまで卑屈にならなくても、ちゃんと似合ってると思うんだけどなぁ。


 俺のそんな予想は、シアが更衣室のカーテンを全開にした瞬間に確信へと変わった。


「ど、どうですか‥‥‥?」


「‥‥‥」


「あ、天斗‥‥‥?」


 俺はシアの姿を上から下までジッと見る。


 シアの最も目立つ身体的なパーツと言ったら、やはり煌めくプラチナブロンドだろう。


 それをライトグレーのような淡く優し気なカラーが透明感をより一層引き立てており、儚げな雰囲気を醸し出している。


 さらにリブニットワンピースはシアの女性らしい柔らかさや、優しい温かさがグンッと上がった気がして、思わず甘えたくなってしまうような魅力を感じる。


 まぁここまで長々と語ったけど、一言でまとめるなら‥‥‥。


「‥‥‥大人かわいい」


「ふぇっ‥‥‥そ、そうですか?」


「うん。よく似合ってるよ」


「本当に‥‥‥?」


「本当に。もっと自信持って良いと思う」


「思わず抱きたくなります?」


「うん、思わず抱きしめられたくなりそうだ——って! 何言わせてんだ!」


「おおっ! じゃあ今すぐ抱きしめましょう! ぎゅ~っ!」


「おいこら、離れろっ!」


 ぼーっと見とれていたら、シアの言葉に思わず全肯定してしまっていて、自然と失言をしてしまっていた。


 もちろんシアがそれを見逃すはずもなく、『我、大義名分を得たり!』というように全力で抱き着いてくる。


 それを必死に引き離す俺‥‥‥もうここ最近は見慣れた光景だな。


 しかしまぁ、シアは本当に全力で抱きしめてくるから、ブラを着けてくれてるとはいえ伝わる魅惑の柔らかさや、思わず深呼吸したくなるような甘い匂いは全然慣れないんだけど。


 てか‥‥‥。


「いつまで抱き着いてるんだよ!」


「うにゃっ!」


 シアの抱擁は吸血鬼の腕力もあって力強くて抜け出すのは困難だけど、思いっきり力を込めれば抜け出せないことは無い。たぶん、加減してくれてる。


「うぅ‥‥‥容赦ないですねぇー」


「もう遠慮しなくてもいいかなって思い始めてる」


「もう、もっと天斗にこの喜びを伝えたかったですのに」


「十分伝わって来たっての」


「本当ですか? でも、まだまだ抑えられそうにないので、ちゃんと言葉でも伝えますね!」


 そう言ってシアは、胸の前で手を組んではにかみ笑顔で俺を見つめてくる。


「こういうお洋服を着て可愛いって言ってくれたのは天斗が初めてで、凄く嬉しい‥‥‥ありがとう、大好き」


「お、おう‥‥‥」


 やっぱこういう時、どういう反応すればいいんだ‥‥‥。


 普段からシアは隠さずに俺への好意を向けてくれるけど、こういう風に改まって言われると、なんかムズムズするな。


「あは、照れてます? 天斗かわいい!」


「照れてない!」


「悩殺ですか?」


「されてない! だぁぁぁっ! ほら! それが気にいったならそれにするぞ!」


 このままだと、本当にシアに悩殺されそうだ。


 そう思った俺は、言い訳苦しいのは分かってるけど、その場から撤退する。


 俺の後ろをシアがクスクスと笑いながらついてくる。


 くそう‥‥‥シアにこんな敗北感を感じるのは初めてだ‥‥‥。



 ■■



 結局シアは俺が選んだライトグレーのリブニットワンピースと、それに似合うライトブルーのチェスターコートを購入し、それから他のお店もいくらか回って部屋着としてスウェットやパーカーを数点、他の外行きようとしてカーディガンやフレアスカートなどを選んで買うことになった。


 やはりまだ自分が女性らしい服を着るのに自身が無いのか、最初の方は地味で男っぽい服を選びがちだったし着ることにも消極的だったけど、やっぱり女の子としては可愛い服も着てみたいとは思っていたみたいで、ちゃんと俺が勧めれば嬉しそうに試着してくれた。


 それにしてもシアと服屋巡りをして気が付いたことが一つ。シアは美人でスタイルが良いし、どんな服を着ても似合うとは思っていたけど、それは想像以上だった。


 よくユニクロの広告のチラシなんかに載ってる外国人がダウンとスラックスのシンプルなコーデが死ぬほどオシャンティーに見えるのに、いざ多くの人が同じ格好にトライするとちんちくりんに見えるものだけど、当たり前にそんなことないし。


 もともと俺の服を貸していた時も、俺とは違ってボーイッシュな感じが似合ってたし、それがスカートやブラウスなんかを着ると女性らしさが溢れて華やかになった。


 ちなみに、シアの今の格好はさっき一番最初のお店で俺が選んだライトグレーのリブニットワンピースを着ている。支払をした時にそのまま値札を切ってその場で着替えてきた。


 だからだろうか、金髪で美人ということでここに来るまでも通りすぎる通行人とかに何度か二度見されたりしていたけど、今はその視線がかなり増えた気がする。


「おっ、このマグカップ可愛いですね! ホット血液を飲むときに和みそうです! 天斗はどう思いますか? ‥‥‥天斗?」


 なんとなく居心地の悪さを感じている俺にシアが怪訝な顔を向かてくる。


「あぁ、うん。いいんじゃない? ホット血液は物騒だけど」


「ホットミルクみたいで美味しいですよ。それよりさっきからぎこちないですけどどうかしましたか?」


「いや、さっきからじろじろ見られてるなって」


「確かに、煩わしくなってきましたねぇ‥‥‥蹴散らしましょうか?」


「やめろやめろ! そんなことしたら大騒動まったなしだろ! 別に見られてるだけなんだから、我慢すればいい」


「人間相手に私たち吸血鬼が我慢する必要ないと思いますけどねー」


「俺もその人間なんだが」


「天斗は特別です!」


「なら、そんな特別な俺に免じてちゃんと言うことを聞いてくれよ」


「はい! 何でもご命令ください!」


 まるで俺に尽くすことが何より嬉しいというように元気よく返事をするシアに苦笑しつつ、再び買い物に戻る。


 そのお店でシアが気に入ったというマグカップを買って、その後もいくつか小物店や雑貨屋、ディスカウントショップを回って、もろもろの買い物を済ませる。


 すっかり陽も傾き始めており、だいたいの必要なものを買い終えて一息ついたときには、お互いの両手は大きく膨らんだビニール袋で塞がっていた。


「もう、私は新しいベッドなんかより天斗と同じベッドがよかったですのに‥‥‥」


「遠慮する。それに俺のベッドはシングルだから定員オーバーだ」


「ぎゅーってくっつけば大丈夫ですよ! そうしたら温かいですし!」


「そんなん寝にくいだろうが」


「私はぐっすりです!」


「はぁ‥‥‥ったく」


 そんな晴ればれとした笑顔で言われたら、今の疲れたこの身体じゃあ言い返す気も起きない。


 何か買い忘れた物は無いかなと思い返しながら駅に向かって歩いていると、天井のところにトイレの案内表示が見えた。


 そういえば昼飯を食べてから行ってないし、あとは帰るだけだからその前に行っておくか。


「シア、ちょっとトイレに行ってくるからそこの柱の前で待っといてくれ」


「あ、お供しますよ!」


「せんでよろしい。荷物はここに置いておくから見張ってて」


「かしこまり!」


 ピシッと敬礼してくるシアに、本当に離れて大丈夫か心配になるけれど、かといって男子トイレにシアを連れて行くとかありえないし、ここはパパッと行ってすぐに帰ってこよう。


 にしてもやっぱりシアの視線の集まる量は凄いな。


 隣にいた俺もかなり視線を感じてたけど、ちょっと離れただけできれいさっぱりだ。きっとあれだけ美人なシアの隣を歩く男がどんな奴なのか値踏みでもされてたんだろう。


 俺はシアに釣り合うほどイケメンじゃないし、無駄に目立つのはやっぱきついなぁ‥‥‥。


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