第8話 シアと服巡り



 そういうわけで、俺たちはまず下着屋にやってきた。


 やってきた‥‥‥のだけど。


「お、落ちつかん」


 どこを向いても下着、下着、下着の山。


 履いていないパンツなど頭の中ではただの布地だってことは理解しているけれど、この世に生を受けてから二十年、女の子とのそういう縁がなかった俺にはやはり刺激が強すぎる!


 赤、青、白、黒‥‥‥視界に入る度に変な汗が出て来そうになる俺。気分は犯罪者になったかのよう‥‥‥俺はここにいて捕まらないだろうか。


「へぇー、こっちの世界の下着ってこんなにあるんですねぇー」


 俺が戦々恐々びくびくしてるなか、当のシアは呑気に眺めてる。


「‥‥‥なぁ、やっぱり俺は店の前で待ってちゃダメ? 決まったら呼んでくれたらいいから」


「なら私も出ます! 別に必要ないですし」


「必要あるから! はぁ‥‥‥じゃあ早く選んじゃって」


「はーい」


 俺が諦めてため息をつくと、シアはいくつか商品を手に取ったりして選び始める。


 シアはいわゆるノーブラ派というやつらしい。ショーツは流石に履いているけれど、ブラジャーは好きじゃないそうだ。


 実際、ここに向かう間も「別にいりませんよ」の一点張りで、ブラを着けたら俺の腕に抱き着いていいっていう条件を出してやっと買って着けてくれる気になったくらいだし。


「シアはどうして着けたくないんだ?」


「そうですね。動きにくくなるからですよ」


「俺は男だからわからないけど、そんなに変わるの?」


「向こうの世界で私は戦闘をすることが多かったですから煩わしかったんです。それにずれたりすると気持ち悪かったですし」


「なるほどなぁ」


 結構真っ当で実用的な理由だった。男子もポジションが悪いと落ち着かないしな。たぶんそれと同じようなことだろう。


 でも、こっちにいる間は着けていて欲しいところだ。あんまり無防備でいられると困るし‥‥‥まぁ、今更かもしれないけど。


 そんなことを思ってると、シアが一枚の下着を手に取った。


「おぉ! これなんていいじゃないですか! 着けてる感じがしなさそうですよ!」


「うん? ——ぬおぁっ!?」


 シアが持っていた下着を見て、思わず変な声が出てしまった。


「おまっ、これ‥‥‥」


 シアが持っていたのは、いわゆるマイクロブラと呼ばれるやつだと思う。


 大事なところを隠す黒い布地が申し訳程度にしか無く、ほとんど着ていないのと変わらないだろう代物。


 もし、こんなのをシアが着けていると考えたら‥‥‥ダメだダメだ! それならいっそノーブラでいてくれた方が気が楽かもしれない!


「ていうかこれ、絶対普段使い用じゃないだろ!」


「え? そうなんですか? ならこれっていつ使うんです?」


「いつって、そりゃあそれは、いわゆる勝負下着なんだから‥‥‥」


「勝負下着! そう言えば聞いたことがあります! 親友が恋人とエッチするときに着けていくと気分が盛り上がるって言ってました! ‥‥‥なるほど、これがそうなんですか」


 こいつ、俺が言い淀んだことを堂々と言いやがった。‥‥‥俺が初心すぎるだけなのか? 


 シアは手に持った過激な下着を改めてまじまじと見つめている。自分が着てるところでも想像してるのだろうか?


「あの、天斗」


「お、おう、なんだ?」


「私、その、天斗が初めての恋人で、今までこういうことは無頓着だったんですけど、天斗は私がこういう下着を着けてたら嬉しい、ですか?」


 おずおずと、少し顔を赤くしながらそんなことを聞いてくるシア。


「え、ええと‥‥‥そりゃあ、まぁ——って! 俺とお前がいつ恋人になったんだよ!」


「本当ですか! それならやっぱりこれにしましょう!」


「おいこら! 無視するな! 話を聞け!」


 それから嬉々として同じような下着セットを選んでいくシアを、俺が何度も止めるという攻防が続いた。


 時にはTバックだったり、あるいはスケスケのベビードールだったり、極め付きは紐パンで、それはもう思わず赤面して直視できないほど過激なやつだ。


 シアが下着の類に興味を持って自ら進んで選ぼうとしてくれるようになったのは安心だけど、別の意味で危機感が拭えなくなった。


 それでも何とか説得して、普段使いのなるべくシンプルであり、それでいて可愛らしいデザインのやつを選んでもらったけど。


 ただまぁ、選ぶたびに俺の目の前に掲げて、「これはどうですか?」って聞いてくるのは本当にやめてほしい。


 そんなことをされたら、いちいちシアがそれを着てるところを想像しちゃうだろ!



 ■■



「あぁ~‥‥‥マジ疲れた‥‥‥」


 下着屋から出てきた俺は今日の体力をもう半分以上使ったような気がする。


 もう、これから先の人生で下着屋に入ることは無いだろう。あそこは男にとって魔境に等しい。


「うぇへへ〜♪ 悩殺っ♪ 悩殺っ♪ 天斗を悩殺っ♪」


 そんな俺に対して、腕に抱きついてくるシアは上機嫌である。


 まぁ、過激な下着のコーナーに書いてあった宣伝ポップの言葉をリズム良く唱えているのは恐怖だけれど。


 やっぱり、「どうしても一着だけ!」って言われて、根気に負けて買うことになったスケスケの過激な下着は早まったかもしれない。


 今夜は寝室に鍵をかけるのを忘れないようにしよう。そうしないときっと俺のハジメテが散らさせる。


 にしても、やっぱりブラジャーは偉大だな。こうして腕を組まれていても、さっきとは全然違って安心感と余裕がある。


 ……なんでシアじゃなくて、俺がこんなに感想を持たなきゃいけないのかはなはな疑問だけども。


「天斗、次は何を買いに行くんですか?」


「そうだな、とりあえず服を見に行くか」


 最優先事項の下着は手に入れたし、そうしたら次に不足しているのは私服とかだからな。俺の服も先のミミック事件でいくつか爆散したから補充しないと。


 ということで、俺たちは近くのファッションショップを順番に攻めていく。


 俺が着る服は特にこだわってることはないので、無難にシンプルな白のシャツや、これから秋も深まって気温も下がっていくだろうから、温かそうなスウェットを数個選ぶだけですぐに終わった。


 やはり問題はシアの方で。


「どう? 何かよさそうなもの見つかった?」


 自分の分のお会計を終えてシアのところに戻ると、シアはいくつか手に持って悩んでいる。


「う~ん、なんかどれも薄いですね」


「薄い? そうかな、どれも秋服だから着れば温かいと思うけど」


「いえ、そういうことではなくて防御力の数値が絶望的すぎます」


「なるほど、防御力が‥‥‥防御力!?」


「魔法付与も特に何もついてないみたいですし、これじゃあ弱い攻撃でも防ぎきれませんよ。着ていないのと何も変わりません。むしろ着ない方がいいまであります」


「いやいやいや! お前は服に何を求めてるんだ! RPGの住人か!」


「え? それはもちろん強い効果を発揮するものでしょう! ちなみに私の軍服は魔法防御力上昇、物理防御力上昇、防刃体制、自動清浄、自動修復の魔法がかけられてる一品ものですよ!」


「まじか! あの服スゲーな!」


「ふふん! そうでしょうそうでしょう!」


 素直に褒めると自信満々に胸を張るシア。


 にしてもあの軍服にそんなすごい効果が‥‥‥確かに、今思えば初めて会った時はビリビリだったのに、次の日の朝には仕立て下ろしの様に綺麗だった。


 なんだか、いち物書きのファンタジーの住人として興奮するな。


「でもこの世界には魔法はないし、求められるのは機能性とか季節の色とか流行りの柄とかなんだよ」


「う~ん、そういうのはよくわからないですね」


「まぁ、この世界に住んでる俺でもわからないしなぁー……こういうのはどう?」


 俺はちょうど目に付いたライトグレーのリブニットワンピースを勧めてみる。


 けれど、それを手にしたシアは微妙な表情を浮かべていた。


「あんまり気に入らない?」


「どう、でしょう? そもそも私、あまりこういう服を着たことがないんですよね」


「そうなのか、向こうでいつもどんな服きてたの?」


「ほとんど軍服ですよ。たまにパーティーなどでドレスを着たこともありましたけど、私は苦手でしたしあまり似合ってると思ったことはありません」


「へぇー! ドレスか、シアには似合いそうだけど」


「そんな事ないですよ。ドレスは重くて嫌いです」


 まぁ確かに、ドレスは重いだろうし、ブラでも邪魔って言っちゃうシアには邪魔でしかないか。


 でも、金髪で美少女なシアが着ればきっと綺麗だろう。


 そんなことを思ってると、シアは俺が渡したニットワンピを持っておずおずと聞いてくる。


「あの、天斗は、私にこういう可愛い服は似合うと思いますか?」


「もちろん、だから選んだんだし。せっかくだから試着してきたら?」


「そうですね。わかりました!」


 シアはコクリと頷いて、試着室に向かっていった。



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