第7話 シアと服装事情



 ともあれ買い物をする前に時間を確認すれば、やっぱり洗濯機売り場まで時間がかかったのと、店員さんの怒涛の営業トークで結構たっていたのかとっくにお昼は過ぎていた。


 意識すれば急にお腹が減ってくるもので、まずは昼飯を先に食べることにして二人でМ字印のハンバーガーショップに入り腹ごしらえ。


 シアの世界にはハンバーガーは無かったのか物珍しそうにしており、いざ実食と一口かじれば凄く美味しかったようで口元にケチャップを付けながらも満足そうに食べている。


「ほら、口元汚れてるぞ」


「——むうむう!」


「はいとれた」


「天斗! これすっごい美味しいですね!」


「それはよかった」


 何て安上がりな吸血鬼。シアの雰囲気からしてもっといいモノ食べてそうなお嬢様なのに。


 まぁ、でもわからなくはない。たまに食べるジャンクフードとはかくもうま味なものである。


「明日からは毎日これ食べましょう!」


「‥‥‥それは死んじゃうからやめようね」


「えぇ~なんでですかぁ~!」


 そんなこんなで腹ごしらえを終わらせた俺たちは、シアに栄養の偏ることによる健康への弊害なんかを説明しつつ、シアの色々を買うために駅ビルのモールへ入る。


 シアの色々とは、本当に色々で。生活するうえで必要な日常品の数々だ。


 シアがこちらに来て約一週間。これまでは俺が誰かが泊りに来た時ようにと買っておいたものを使わせていたけど、なんだかこの様子だとまだまだ元の世界に帰る気は無さそうなので、この際シア用に必要な日常品を買いそろえようと思う。


「えっと、とりあえず思いつくのは茶わん、コップ、お箸とかの食器類、歯ブラシ、バスタオル、女性用シャンプーとかもいるかな‥‥‥あ、ベッドもいる?」


「いえ、天斗と一緒に寝たいのでいりませんよ?」


「よし買おう」


「い、いらないですよー!」


 あれだな、うん。きっと今までシアが俺のベッドに潜り込んできたのはベッドで寝たかったからだ。向こうの世界ではベッドで寝てましたって言ってたし。


 それなら自分のベッドがあれば、そっちで寝てくれるはずだろう!


 あとは‥‥‥。


 俺はジッとシアを見つめる。


「あ、天斗? そんなに私のことを見てどうしたんですか‥‥‥? もしかして、抱きたくなっちゃいました‥‥‥? 私はいつでもいいですよ‥‥‥?」


 何かもじもじしてるシアは無視することにして。


 本当に今更ながら、シアにはもっと足りない大事なものがあるんじゃないだろうか。それは衣食住の『衣』だ。


 今シアが着ている服は、白のパーカーに紺色のジーパンっていう非常にシンプルな服装だけれど、両方ともやっぱり俺の服を貸してる


 今日出かけるって張り切っていたみたいで、最初は初めて会った時に着ていた軍服のような豪華な服装で行こうとしていたみたいだけど、ああいう服はかっこいいとは思うけどコスプレにしかならないし目立つから慌てて俺が止めたのだ。


 思い返せば、俺はシアがそれ以外の服を持っていたり着ているところを知らない。いつも俺の服を貸してたし。


「なぁシア、もっと早く気づくべきだったんだけど、もしかしなくても今日着ていこうとしていた服しか持ってない?」


「そうですね、この世界には着の身着のまま来たので」


「やっぱりかぁ‥‥‥あー、つかぬ事を聞くけど、その下は大丈夫なの? 絶対枚数足りないと思うんだけど」


「下? ですか?」


「下着だよ、下着」


「あぁ~‥‥‥見ます?」(チラッ)


「見ない! だから服をたくし上げようとしない!」


「えー、別に天斗ならいいのにー」


 パーカーの裾を掴んで脱ごうとしたシアを慌てて止める。こんなところで脱ごうとは‥‥‥まさか、こいつは痴女なのか?


 まぁ、一瞬見えたシミ一つなく引き締まったくびれと小さなお臍はエロいというより、綺麗だなって思ったけど‥‥‥何考えてるんだ俺。


「はぁ‥‥‥それで、足りないってことでいいんだよね?」


「足りないって言われたら足りないですけど、別に問題ありませんよ」


「いや、問題あるだろ。同じ奴を毎日着ることになるじゃん」


「毎日なんて着てませんよ?」


「‥‥‥はい?」


 おい、こいつ今とんでもないこと言わなかったか?


「今日は外出するってことでちゃんと着けてますけど、家にいるときは面倒ですし着けてませんね」


「マジか‥‥‥」


 どうりで、どーーーりで! いつも抱き着かれた時に妙に柔らかかったわけだ。まさかダイレクトアタックだったとは‥‥‥。


 いやまぁ、そういう衣類のものを俺がすっかり忘れてたからなんだけど。今まで男の一人暮らしだったから、そこまで気が回らなかった。


「てか、向こうの世界には自分の服とかあるんだろ? 取りに行かないのか?」


 遠回しに帰らないのか? と、聞いてみる。


 するとシアは、一瞬ピクリと固まったと思ったら、微妙に引きつったような顔をして指先をツンツンし始めた。


「いやぁー‥‥‥えっと、家には近寄りたくないなぁー‥‥‥なんて」


「‥‥‥家出娘め」


「すみません‥‥‥」


「まぁいいや。んじゃ、後で下着も数枚買うってことで」


「あ、別に気にしなくていいですよ? 別になくても問題ないですし」


「俺が気になるし、問題あるんだよ!」


「えっ!? 天斗が着るんですか!?」


「あほかっ! 着ないわ! あー、ほら、いつもでも立ち止まってないで行くぞ。買うものたくさんあるんだし」


 とりあえず、最優先事項として下着を数着、後は私服も外行きようと部屋着で数着、パジャマなんかもいるか。


 そうなると、それに伴って洗剤とかも必要になるか。女性用の下着って痛みやすいっていうし、それ用の洗濯ネットなんてうちにはないからな。


「‥‥‥あれ?」


 改めて買うものを反芻しながら歩いてると、さっきまで隣にいたシアの姿が無い事に気が付いた。


 また勝手にどこかにいったのかと思って慌てて周りを見渡せば、さっきいたところで未だに立ったままでいるシアの姿がある。


「シア? 何してるんだ? 早く行くぞ」


「あっ! はい!」


 ボーっとしていただけなのか、声をかけて歩き始めればすぐに隣にやって来る。


 だけどさっきとは違って、シアの態度はどこかよそよそしい。なんか歩きながらチラチラこっち見てくるし。


「どうかしたのか?」


「あの、その‥‥‥」


 何か言いにくいようなことなのか、シアは何度も躊躇うようすをみせて。


 じっと待っていると、やがて意を決したのかゆっくりと口を開いた。


「天斗は、私がどうしてここに来たのかとか、どうして家に帰りたくないのかとか、聞かないんですか‥‥‥?」


 あー、さっき俺が家に取りに行かないのかって聞いたやつか。


 それで自分がはぐらかしたのに俺がその理由を聞いてこないからどうしてなのか気になった、とか?


 そうだなぁ‥‥‥。


「知りたいか、知りたくないかって言われたら、知りたいとは思うよ」


「そうですよね‥‥‥なら——」


「でも! 別に無理にとも思ってない。だから、シアが話したいなって思った時に聞かせてくれればいいよ。どうせまだまだこっちにいるんでしょ?」


「私は天斗とずっといます!」


「ずっとって‥‥‥まぁ、いいや。なら別に今じゃなくてもいいんじゃない? シアの中でもまだ折り合いがついてないんでしょ?」


「それは‥‥‥はい」


「じゃあ、いつかでいいよ。今はとりあえず一緒にいればいい」


「‥‥‥」


「‥‥‥シア?」


 俯いて、微かに鼻をすする音がする。泣いているのだろうか?


 心配になって名前を呼んでみるけれど、シアは何も言わずにグシグシと袖で目元をぬぐった。


 まぁ、やっぱりシアには色々あるんだろう。たぶん俺には想像つかないようなすごいことなのかもしれない。もしもいつか話してくれたとしても、俺の手には負えないことかもしれないし。


 でも、話を聞いてあげることはできるから。人に話すことで気持ちが楽になるっていうことはあると思うしね。だからシアが話してくれるまで待っていよう。


「‥‥‥天斗のそういう所、ずるいと思います」


「ずるいかなぁ‥‥‥てか、心を読むな。恥ずかしい」


「ずるいですよ‥‥‥だから、大好き」


「‥‥‥」


 そう言って、シアは歩いている俺の腕に寄り添うようにギュッと抱き着いてくる。


 こういう時、なんて返したらいいんだろう。ありがとう? それとも、俺もだよ! とか?


 でも、別に俺とシアは恋人同士ってわけでもないしなぁ。てか‥‥‥。


「なぁシア。お前さ、服の下、本当に着けてる?」


「え? あ‥‥‥」


 俺に指摘されて自分の手で胸を触ったシアから、呆けた声が漏れた。


「そういえば、天斗の服に着替えた時に一緒に脱いじゃった気が‥‥‥」


「おい!」


「まぁ、別にいいじゃないですか。たかが布切れ一枚ですし!」


「よくないわ! てか、それならくっついてくるな! はーなーれーろー!」


「いーやーでーすー!」


 腕に抱き着いてくるシアを必死に離そうとするけれど、負けじとシアも腕に力を込めてくる。


 その度に腕にふにょんって感じの柔らかさを感じて、しかも流石は吸血鬼というかなんて強い力なんだ。


 くそう‥‥‥恥ずかしいのはシアの方なはずなのに、なんで俺の方が余裕なくなってんだ!


「このっ! 少しは! 恥じらいを! 持てぇーっ!」



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