第6話 シアとお買い物
「やはりあれは正真正銘の拷問イスでした! 私はあられもない姿を見られて乙女の尊厳が死にました! もうお嫁に行けません!」
「悪かったよ、すぐ止めなくて。でも身体が軽くなったって感じるてるんだったらよかったじゃん」
「それは天斗が私を嫁に貰ってくれるってことですね!?」
「どうしてそうなった‥‥‥」
「私の痴態を見たのに責任を取ってくれないんですか!? 最低! 無責任男!」
「おいこら、そんな大声で根も葉もないことを言うな!」
「じゃあ、天斗はちゃんと私を貰ってくださいよ?」
「あ~はいはい、それとこれとは話は別ね」
「ぐぬぬ‥‥‥素直にうん、と言ってくれればいいのにぃ~。そうすれば、今すぐにでも‥‥‥」
うん、シアにこの手の話を振られてもNOと言える人間でいよう。ちょっとでも認めてしまえば、きっと後戻りできぬ体にされてしまうに違いない。
そんな風にシアを適当にあしらいながらも足を進めて、俺たちは遂に念願の洗濯機売り場へとたどり着いた。
‥‥‥たどり着いた‥‥‥のだけど。
「ミミック——じゃなかった。洗濯機が沢山ありますけど、どれにするんですか?」
「どれに、しようかなぁ‥‥‥」
まぁ当然に、洗濯機と言ってもその種類はたくさんあるわけで。
一応、昨日のうちに少しは事前調査をしてきたから、縦型とドラム式があるというのは分かっているけど、こんなに並べられるとみんな同じに見えてどんな違いがあるのとかよくわからない。もともと家にあったのは縦型であることはわかるのだけど。
俺がわからないということは、シアにはもっとわからない訳で、「なんなら私が明日から魔法でやっちゃいますよ?」とか言っちゃう始末だ。
二人してほとほと困り果てていたその時。
「——お客様、何かお困りでしょうか?」
今の俺たちにとっては、迷える子羊を導く聖職者。はたまた、いいカモ客と思われて寄って来た詐欺師か。
メガネをかけた、線の細い店員さんがやってきた。
「なんだ人間。この私に気やすく声をかけるなど、覚悟はできて——あ痛っ!」
「こら、初対面の人をそういう風に威圧するなって言ってるだろう」
「うぅー‥‥‥最近の天斗は私に容赦がない気がします‥‥‥」
突然声をかけたれたからか、シアが咄嗟に目を細めて高圧的な態度を取り始めたので、慌ててチョップをした。
前にコンビニ店員さんにも同じ態度を取って困らせていたからな、こいつ。
「すみません。こういう子なので気にしないでください、いつものことなので」
「あはは、面白い彼女さんですね——わっ!?」
俺が謝って、店員さんがにこやかにそう言った瞬間だった。
一瞬、目の前を金色の風が通ったかと思ったら、シアが店員さんに詰め寄っていて。
「お前今、私のことを『彼女さん』と言いましたね? それは天斗と私が恋人関係に見えるということで間違いないですか!?」
「え? えぇ、はい。そうですけど‥‥‥」
「ほうほう! お前、わかってますね! 見る目がありま——おふっ!?」
「こら! いきなり失礼だろうが!」
「あ、天斗! 締まってます! 締まってます首!」
慌てて襟首を掴んで軽く引っ張る。
まったく、そんな鬼気迫ったら誰だって『はい』しか言えなくなるに決まってるだろう。
「本当に度々すみません。暴走しないように抑えますので」
「い、いえいえ。元気があってよろしいかと‥‥‥それで、何かお探しでしょうか?」
「あ、はい。実は——」
流石に店員さんもシアの挙動は引いたんだろう。とてもひきつった笑みを浮かべていらっしゃる。
それでも接客の鏡。まるで何事もなかったように再び営業スマイルを浮べて、俺たちに伺いを立ててくれた。
それからは実にスムーズに買い物は進んでいった。
店員さんが俺たちが何をしたくて、何が出来たらいいのかをちゃんと聞いてくれた上で、それに合った商品を進めてくれたり。
おススメの機能の紹介や、その機能の何がすごいのかを懇切丁寧に教えてくれて、値引きの話とかも向こうの方から提案してくれた。
これには俺に怒られて静かにしていたシアも感心して「お~」って声を漏らしていたくらいだ。
まぁ、気が付いたら買うことを決めていた洗濯機がドラム式の中で一番高い値段のものだったことは、シアが迷惑をかけたぶんと、店員さんの営業トークの力量に敬意を示して目を瞑ろう。
実際、高い買い物でも嫌な気持ちはあまり‥‥‥。
「はい、税込み39万8000円になります」
‥‥‥あまり、しないけど、ね。‥‥‥うん。
‥‥‥いや、やっぱりちょっとためらうわ。別に親から仕送りはあるし、俺自身も結構稼いでるから払えないことはないけど、ほぼ40万もするとは思わなかった。
こんなに高い買い物はあまりすることは無いから思わずビビってると、シアが耳元で囁いてきた。
「天斗天斗、もしかしてお金がないのですか?」
「そんなことないけど、結構高くてびっくりしてる」
「なるほど、そういうことならここは私が。もともとこれは私が壊してしまったものですし、こう見えて結構貯金はありますから!」
「え、それってどういう‥‥‥?」
俺が疑問に思ったのを聞く前に、シアはどこからともなく取り出した金のインゴットを机の上に置いた。
「人間、これで足ります?」
「は‥‥‥え? す、すみませんお客様、これはいったい‥‥‥?」
「何? これじゃ足りませんか? ならこの魔法を使うための触媒になる魔力伝導率の高い指輪を——」
「——すいません! カードで! カードの一括払いでお願いします!」
「は、はい! 承知しました!」
「シアは早くそれをしまって!」
「いや、ここは私が!」
「しまいなさい!」
「は、はい」
いきなりどんと純金っぽいインゴットを置かれてびっくりしたけど、ハッとした俺は慌ててシアにそれをしまわせる。
店員さんも冷や汗を流してお会計を済ませてくれた。ほんとトラブルメーカーな客で、すんません。
それから店員さんの見送りを受けた俺たちは再びエスカレーターに乗って店を後にする。
その途中、シアはおずおずと尋ねてきた。
「あの、私、また何かやっちゃいましたか? この国のお金を持っていなくても貴金属ならいけると思ったんですけど‥‥‥」
「うん。まぁ、いけないねぇ」
「すみません。‥‥‥その、怒ってますか?」
「ううん、怒ってないよ。シアにはまだお金を直接使わせたことなかったからね、これから覚えてくれればいい」
「わかりました‥‥‥」
というか、金銭的なことについてすっかり忘れていた。自分が当たり前にできていることだから、シアにもできるだろうと思い込んでた。コンビニに行くときもいつもついてくるだけだったな。
これからシアと暮らしていくなら、こういうことも俺がもっと気を付けていかないと。
それからちょっとしょんぼりしたシアを連れて、家電量販店を出る。
「あの、本当に買ったものを持ってこなくてよかったんですか? 私ならあれくらいの重さなら余裕で運べますよ?」
「いいんだよ、お店が家まで持ってきてくれるから」
「ですが、もしあの人間が盗んだりしてしまったら‥‥‥」
「そこらへんは信用第一だから大丈夫だよ」
「そうですか‥‥‥天斗がそう言うなら」
そう言って、一緒に家電を見ていた時に比べて随分と落ち込んだ様子のシアは顔を俯けてしまう。
たぶんだけど、シアはさっきのミスを自分のできることでなんとかをして挽回しようとしているのだろう。
そんなに気にしなくていいのに、まったく律儀な吸血鬼だなぁ。
「さてと! ここで買うものは買ったし、次の店に行くとしよう!」
俺は暗い空気を物色するように、殊更明るくそう告げる。
「あれ? 洗濯機はもう買いましたよね? 他に何か買うものってありましたっけ?」
「まぁ、当初予定していたのはそれだけだったけど、せっかくここまで電車で出てきたんだからシアの色々もそろえようと思って」
「私の‥‥‥?」
「そっ、よく考えたら足りないもの結構多いからね。ほら、早く行くよ!」
俺はシアにそう声をかけて駅ビルに向かって歩き出す。
物で釣るって言ったら言い方が悪いかもしれないけど、せっかく買い物に来たんだから最後まで楽しくいきたいじゃん?
だから、何かを買ってあげて元気になって欲しい。
俺のそういう魂胆にシアは気づいているのかいないのか。
「‥‥‥ありがとう、ございます」
後ろから小さく、そう聞こえたような気がした。
ちょっとわかりやすすぎたかな?
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