第5話 シアと家電巡り



 それから数回エスカレーターを乗り降りして俺たちは家電売り場へとやってきた。


 隣でシアが「おぉ~」とキラキラした目でフロアを眺めてるけど、家電売り場に来るとなんだか言い知れない高揚感みたいのを感じるのは吸血鬼でも変わらないのだろうか。


 なんてことを思いながら俺はエスカレーターのすぐ傍にあるフロアマップで洗濯機があるところを探してると、いつの間に離れていたのか少し先からシアの声が聞こえてくる。


「お~い、天斗~! こっち来てください~!」


 シアを一人にさせたらまずいと思って慌てて駆けよれば、シアは冷蔵庫売り場のところにいて、目の前にある500Lの大容量冷蔵庫の扉を開けたり閉めたりしていた。


「迷子になるから勝手にどこかに行くなよ」


「迷子になんてなりませんよ! それよりこれを見てください!」


「ん? でかいよなぁ」


「はい! この世界の棺桶は凄いですね! 大きいうえに冷房付きで暑い時には快適そうです! それにこの銀に輝くメタリックな表面! きっととても頑丈に違いありません! いいですねぇ~、これならきっと吸血貴族たちがこぞって買い占めることでしょう」


「‥‥‥」


 なんか凄く評論家っぽくまくしたてるシア。その瞳は見定めるようにキラリと光っている。


 なるほど、棺桶かぁ‥‥‥。確かに見ようによっては棺桶にも見えなくはないけれども、ね。


「‥‥‥シア、残念だけどこれは棺桶じゃないよ」


「え、違うんですか!?」


「違う違う、これは冷蔵庫で食材とか飲み物とかを冷やす物だよ。てか、家にもあるだろ?」


「あ~、でも天斗の家にあるのと比べて随分と大きくないですか?」


「そりゃあこれはファミリーサイズのだからね。家にあるのは一人から二人用のやつだし、そもそも俺があまり料理をすることが無かったから」


 ここにある冷蔵庫の大きさは俺の178センチある伸長より大きいけれど、家にあるやつは胸の位置と同じくらいの高さのやつだし、シアには別の物に見えたんだろう。


「なるほどなるほど、そういうことでしたか。つまり将来的にはこれを買わなきゃいけないんですね!」


「え? なんでだよ?」


「そんなの私と天斗がファミリーになるからに決まってるじゃありませんか! きっと子供もたくさん増えるでしょうし、これからは私がたくさんお料理をしますから! ね? 必要でしょう?」


「そんな未来はありません」


「つまり未来じゃなくて今はもうってことですね! きゃっ♡」


「違うわ! あーもう、早く洗濯機のところに行くぞ!」


「えー! 一緒に幸せなファミリーになりましょうよぉ~!」


 シアのしょうもない話はさっさと切り上げて洗濯機売り場に向かう俺。後ろからシアがそんなことを言いながら追いかけて来る。


 にしても棺桶かぁ‥‥‥。


 歩きながら、俺は気になったことをシアに聞いてみる。


「なぁ、シア。さっき棺桶がどうのって言ってたけど、もしかしてそっちの方がよく眠れたりする?」


 シアには今、眠る時にはお客様用のお布団を使ってもらっている。もし眠りづらいとかあれば変えようと思うのだけど。


「そうですね、別に問題な——いえ! やっぱ問題あります!」


「あ~、やっぱり?」


「はい! 天斗と一緒に寝れたら凄くぐっすりだと思います!」


「それは却下」


「えぇー!」


「えーじゃないよ、まったく」


 シアはよく俺のベッドの中に潜り込もうとしてくることがある。


 その度に注意してるのだけど、一向に直る気配が無いのが問題だ。一緒に暮らしてると言っても恋人とかじゃないのに。


 俺はため息をつきながら話を軌道修正。


「んで、真面目な話にさっき言ってた棺桶みたいのが良かったりするの?」


「そんなことないですよ。向こうでも寝るときは普通にベッドを使ってました」


「そうなのか。なら棺桶は何に使うんだ?」


「うーん、特にこれと言ってないですね。吸血鬼にとって棺桶はステータスみたいなものですよ。よく向こうでは、この棺桶は有名な誰々によって作られた一品ものだ! みたいな感じで自慢し合ってました」


「えーっと、つまり骨董品みたいな扱いってこと?」


「そういうことです。そもそも考えてみてください、あんな狭くて小さいところでのびのびと寝れないでしょう? 普通にストレスです」


「まぁ、普通に考えればそうだけど‥‥‥吸血鬼って棺桶から出てくるイメージが」


「あぁー、思われがちあるあるですね! 真祖の吸血鬼が棺桶に封印されていたからそういうイメージがついたのでしょう」


「なるほどなぁ」


「まぁでも、私が真祖の系譜だからでしょうか? たまに入ってみるとちょっと落ち着けましたね」


 隣で歩くシアを見ながらふと思う。


 考えてみれば、俺はあまりシアのことを知らない。棺桶のことだって漠然と俺がそう思ってただけだし、実際は吸血鬼がどんな存在なのかとか、それ以外にもシアがもともといた世界がどんなところなのかも何一つ聞いていない。


 たぶん、そういうことを無意識のうちに避けているのだろう。


 シアの言葉からたまに人間と確執があるような雰囲気を感じることがある。特に出会ったばかりのことは顕著だった。それをわざわざ浮彫にする必要は無い気がするし。


 それからテレビ売り場、扇風機売り場、掃除機売り場を抜けて俺たちは順調に洗濯機売り場へ‥‥‥いや、順調ではなかったな。


 テレビ売り場では丁度流れていた超人バトルものの洋画を見て、


「こ、この世界の人間でもこんな力を持つ者がいるのですか‥‥‥油断できませんね。いざという時の為に相手の戦い方をしっかりと観察しなければ!」


 と、シアがテレビにくぎ付けになってなかなか離れてくれなかったり。


 扇風機売り場では動いてる扇風機に向かって、


「なぁんでぇすぅかぁこぉれぇ——っ!? あぁ~~~~~~~~~~~~! 天斗天斗、私の声がおかしくなってしまいました!」


 と、子供のころに俺もやったことある、扇風機に向かって声を出すと変な声になることを発見したシアがいつまでも「あぁ~~~~~」ってやろうとしたり。


 掃除機売り場では、どこかを二度見したと思ったら、


「あれは‥‥‥妖精? こんなところにいたら悪意を持つ人間に捕まってしまいますね、すぐに逃がしてあげましょう!」


 と、展示として動いていたロボット掃除機を追いかけて行ったり。


 それはもう、なんというか、小さい子を家電量販店に連れて行く子供の親御さんはこういう気持ちになるのだろうか‥‥‥そう思うくらいシアに振り回される俺。


 そして今も。


「あっ! 天斗、私でも分かるものを見つけました!」


「つ、次はなんだよ‥‥‥」


 いったいいつになったら洗濯機売り場に行けるのだろうか‥‥‥。


 まだ何一つここに来た目的を達成できていないのに、重い疲労を感じながらパタパタと駆けていくシアを追いかける。


 そこにあったのは、もしかしたら俺に今一番必要なもの——。


「これは拷問イスですね! この背中の部分に当たるところにある突起! 痛みを与えるものと見ました!」


「こわっ! 全然違うわ! むしろ気持ちよさを与えるものだよ!」


「ええっ!?」


 確かに、人によっては快楽よりも痛みをもたらすものかもしれないけど、でもそれは決して拷問のような苦痛じゃなくて痛気持ちいいもののはず。


「じゃあ、これはいったい?」


「これはマッサージチェアだよ」


「マッサージって、メイドにやってもらうやつですよね?」


「メイド‥‥‥? よくわからないけど、そこに座ってみな」


「こうですか? やっぱり背中に当たって——ひゃうっ!」


 マッサージチェアに座ったのを見てリモコンでスイッチを押すと、シアは素っ頓狂な声を上げてびくりと身体が跳ねた。


「ね? マッサージでしょ?」


「——ぅん‥‥‥確かに、想像していた痛みとは、違います‥‥‥ね」


「しかもこれ最新型なだけあって機能がすごい多いな。腰だけじゃなくて全身をマッサージできるし、温かモードまである」


 ピッピッピッ——と、目についた機能のボタンを適当に押してみる。


 しかしまぁ、実家にあったマッサージチェアと比べるのもおこがましいほどの最新機能。


 俺も原稿とかレポートとかを書くときは座りっぱなしで肩とか腰とかが固まって痛くなることがあるし、そういうときにこういうのを使うと執筆効率が上がったりするのだろうか‥‥‥ん?


 ちょっと熱心に説明書を読んでいると、なんだか甘い声が聞こえて顔を上げる。


 そういえばさっき俺が適当にボタンを押したからだろう。ウィ~ンウィ~ンと機械音をあげながら全身くまなくマッサージされるシアがいて。


「——んぁっ、そこぉ‥‥‥あぁ~いぃ~‥‥‥——っ天斗!?」


「‥‥‥」


「——あ、ん‥‥‥だめっ、見ないでっ! 私いま、しちゃいけない顔してる気がする、から‥‥‥」


「‥‥‥」


「——ひゃんっ! い、いやぁ‥‥‥あまと、止めてぇ‥‥‥」


 決して! 決して、そういう用途のモノじゃないけれど。


 シアの我慢できずに漏れ出る嬌声や、涙で潤んだ瞳や、抗えないほどの痛気持ちいい快楽を受けてトロンとした表情は。


 なんだかとっても——グッときた。


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